・・・わしはさっきさんざさわったよう。」「さっきさんざさわった」となれば、良平も黙るよりほかはなかった。金三はそこへしゃがんだまま、前よりも手荒に百合の芽をいじった。しかし三寸に足りない芽は動きそうな気色も見せなかった。「じゃわしもさわろ・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ むかし新聞屋をしていた頃、さんざ他人の攻撃をして来た自分が、こんどは他人より手ひどく攻撃されるという、廻合せの皮肉さに、すこしは苦笑する余裕があっても良かりそうなものだのに、お前はそんな余裕は耳掻きですくう程も無く、すっかり逆上してし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・どうしようかと、さんざ迷った。自分で勝手に、自分に約束して、いまさら、それを破れず、東京へ飛んで帰りたくても、何かそれは破戒のような気がして、峠のうえで、途方に暮れた。甲府へ降りようと思った。甲府なら、東京よりも温いほどで、この冬も大丈夫す・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・と、さんざ悪口言いました。ちゃんと長兄の侘びしさを解していながら、それでも自身の趣味のために、いつも三兄は、こんな悪口を言うのでした。人の作品を、そんなに悪く言いながら、この兄ご自身の作品は、どうかということになれば、そうなると、なんだか心・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・もともと、お洒落な子だったのですし、洗いざらしの浴衣に、千切れた兵古帯ぐるぐる巻きにして恋人に逢うくらいだったら、死んだほうがいいと思いました。さんざ思い迷って、決意しました。借衣であります。お金を借りるときよりも、着物を借りる時のほうが、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹っと見て、「この女を叱ってはいけない。この女のひとは、大変いいことをしてくれたのだ。貧しい人にお金を施すのは、おまえたちには、これからあとあと、いくらで・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・行こうか行くまいか、さんざ迷った。行くことにきめた。約束を平気で破れるほど、そんなに強い男爵ではなかった。 九時に新橋駅で、小さいとみを捜し出して、男爵は、まるで、口もきかずに、ずんずん歩いた。とみは、ほとんど駈けるようにしてそのあとを・・・ 太宰治 「花燭」
・・・れは芝居と思えないほど、熱心に聞いて、ふたりで何かと研究し、相談し、あしたは大丈夫だ、あしたは大丈夫だと、お互い元気をつけ合って、そうして寝て、また朝早く、山へ出かけて、ほうぼう父に引っぱりまわされ、さんざ出鱈目の説明聞かされて、それでも、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私など、これはいちど、軍隊生活でもして、さんざ鍛われたら、少しは、はっきりした美しい娘になれるかも知れない。軍隊生活しなくても、新ちゃんみたいに、素直な人だってあるのに、私は、よくよく、いけない女だ。わるい子だ。新ちゃんは、順二さんの弟で、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・私は自身で行きづまるところまで実際に行ってみて、さんざ迷って、うんうん唸って、そうしてとぼとぼ引き返した。そうして、さらに重大のことは、私の謂わば行きづまりは、生活の上の行きづまりに過ぎなかったという一事である。断じて、作品の上の行きづまり・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫