・・・これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座のある倶楽部の一室で、五六人の友人と、暖炉の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡ら・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでいますから。ああ、そんなに引かぶって、襟が冷くありませんか、手拭をあげましょう。」「一滴だってこぼすものかね、ああ助かった。――いや、この上欲しければ、今度は自分で歩行・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・それこそ、まるで滝のよう、額から流れ落ちる汗は、一方は鼻筋を伝い、一方はこめかみを伝い、ざあざあ顔中を洗いつくして、そうしてみんな顎を伝って胸に滑り込み、その気持のわるさったら、ちょうど油壺一ぱいの椿油を頭からどろどろ浴びせかけられる思いで・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・るような事を、小さい手帖を見ながら、おっしゃって、たとえば此の雪の降るさまを形容する場合、と言って手帖を胸のポケットにおさめ、窓の外で、こまかい雪が芝居のようにたくさん降っているさまを屹っと見て、雪がざあざあ降るといっては、いけない。雪の感・・・ 太宰治 「千代女」
・・・「雨はざあざあ ざっざざざざざあ 風はどうどう どっどどどどどう あられぱらぱらぱらぱらったたあ 雨はざあざあ ざっざざざざざあ」「あっだめだ、霧が落ちてきた。」とふくろうの副官が高く叫びました。 なるほど月はもう青・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・するとこんどは、もういろいろの鳥が、二人のぱさぱさした頭の上を、まるで挨拶するように鳴きながらざあざあざあざあ通りすぎるのでした。 ブドリが学校へ行くようになりますと、森はひるの間たいへんさびしくなりました。そのかわりひるすぎには、ブド・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・そのとき、あのねむの木の方かどこか、烈しい雨のなかから、「雨はざあざあ、ざっこざっこ、 風はしゅうしゅう、しゅっこしゅっこ。」というように叫んだものがあった。しゅっこは、泳ぎながら、まるであわてて、何かに足をひっぱられるようにし・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・それは白と鼠いろの縞のある大理石で上流に家のないそのきれいな流れがざあざあ云ったりごぼごぼ湧いたりした。嘉吉はすぐ川下に見える鉱山の方を見た。鉱山も今日はひっそりして鉄索もうごいていず青ぞらにうすくけむっていた。嘉吉はせいせいしてそれでもま・・・ 宮沢賢治 「十六日」
出典:青空文庫