・・・――お蓮は戸の外の藪や林が、霙にざわめくのを気にしながら、真面目にそんな事も考えて見た。 それでも二時を聞いてしまうと、ようやく眠気がきざして来た。――お蓮はいつか大勢の旅客と、薄暗い船室に乗り合っている。円い窓から外を見ると、黒い波の・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 縦横に道は通ったが、段の下は、まだ苗代にならない水溜りの田と、荒れた畠だから――農屋漁宿、なお言えば商家の町も遠くはないが、ざわめく風の間には、海の音もおどろに寂しく響いている。よく言う事だが、四辺が渺として、底冷い靄に包まれて、人影・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・松や杉は落付いているのに恐ろしい灰色雲の下で竹がざわめくこと――このような天候の時、一人ぼっちでこの近傍によくある深い細道ばかりの竹藪を通ったら、どんなに神経が動乱するだろう。ドーッと風が吹きつける。高さ三十尺もある孟宗竹の藪が一時に靡く。・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・少し出て来た風にその薄のような草のすきとおった白い穂がざわめく間を、エンジンの響を晴れた大空のどこかへ微かに谺させつつ自動車は一層速力を出して単調な一本道を行く。 ショウモンの大砲台の内部は見物出来るようになっていた。一行が降り立ったら・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・ 観客席はざわめく。 ――ラグナート! ラグナート! 泣かんばかりに腰をぬかしたウペシュを照してパッと電燈がついた。骸骨も消えた。 ラグナートは今度ウペシュをカーテンの中に入れ、 ――そこんところへ手を出してたまえ。・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫