・・・ と黒鳥の歌が松の木の間で聞こえるとともに馬どもはてんでんばらばらにどこかに行ってしまって、四囲は元の静けさにかえりました。 そこで二人は第二の門を通ってまたかきがねをかけました。 その先には作物を作らずに休ませておく畑があって・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・川に棲息し繁殖し、また静かにものを思いつつある様は、これぞまさしく神ながら、万古不易の豊葦原瑞穂国、かの高志の八岐の遠呂智、または稲羽の兎の皮を剥ぎし和邇なるもの、すべてこの山椒魚ではなかったかと私は思惟つかまつるのでありますが、反対の意見・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少の逡巡、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・味わいの深い狂いかたであると思惟いたします。ああ。あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦できる程度に修行したとか申して居たのに。むかしの佳き人たちの恋物語、あるいは・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・言葉でつづられた人間の思惟の記録でありまた予言である。言葉をなくすれば思惟がなくなると同時にあらゆる文学は消滅する。逆に、言葉で現わされたすべてのものがそれ自身に文学であるとは限らないまでも、そういうもので文学の中に資料として取り入れられ得・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈さ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・簡単な実験でも何遍も繰返すうちには四囲の状況は種々に変化するから、結果に多少の異同や齟齬を来すのは常の事である。このような場合における教員の措置如何は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいよう・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・この条項のうちわが趣味の欠乏して自己に答案を検査するの資格なしと思惟するときは作家と世間とに遠慮して点数を付与する事を差し控えねばならん。評家は自己の得意なる趣味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、その縄張以外の諸点においては知・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・に彼らにとって黄色な活動晴雨計であった、たまた※降参を申し込んで贏し得たるところ若干ぞと問えば、貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、さればこの降参は我に益なくして彼に損ありしものと思惟す、無残なるかな、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・……汝盾を執って戦に臨めば四囲の鬼神汝を呪うことあり。呪われて後蓋天蓋地の大歓喜に逢うべし。只盾を伝え受くるものにこの秘密を許すと。南国の人この不祥の具を愛せずと盾を棄てて去らんとすれば、巨人手を振って云う。われ今浄土ワルハラに帰る、幻影の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫