・・・大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。その箱の中には、曾て虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、虎や、獅子と同じように取扱おうとするのであります。もし、この箱を・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・こうした批評眼を有しないものならば、また、読書子の資格のなきものです。 雑誌に載った時は、読みたいとも思わなかったのが、単行本となって、あらわれて、はじめて一本を購って、読むということがあります。綜合雑誌の中に混っては埋れて個性的な・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・其の批評家には、未だ其れを言うだけの権威と資格が足りないと思う。 理想主義、自然主義、享楽主義、等に関し、我が文壇の批評家は、今迄世間に現われている其れ等の作の効果を以て、其の主義の根本の主張、及び人生観に関して是非するには尚お早い。何・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市場を語る資格がない。 一個百二十円の栗饅頭を売っている大阪の闇市場だ。十二円にしてはやすすぎると思って、買おうとしたら、一個百二十円だときかされて、胆をつぶしたという人がいる・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・これはどういうわけであろうと考えて、新吉はふと、この詰将棋の盤はいつもの四角い盤でなく、円形の盤であるためかなとも思った。実は新吉の描こうとしているのは今日の世相であった。 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 第四角まで後方の馬ごみに包まれて、黒地に白い銭形紋散らしの騎手の服も見えず、その馬に投票していた少数の者もほとんど諦めかけていたような馬が、最後の直線コースにかかると急に馬ごみの中から抜け出してぐいぐい伸びて行く。鞭は持たず、伏せをし・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ と、呟きながら読んで行って、「応募資格ハ男女ヲ問ハズ、専門学校卒業又ハ同程度以上ノ学力ヲ有スル者」という個所まで来ると、道子の眼は急に輝いた。道子はまるで活字をなめんばかりにして、その個所をくりかえしくりかえし読んだ。「応募資格ハ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・などの形容は勿論あなたのおっしゃるように視覚的ではありません。しかし、視覚的というのは絵と映画に任せて置きましょう。僕らは漬物のような色をした太陽を描いてもよいわけではありませんか。 友田恭助を出したのが巧を奏したとおっしゃいますが、あ・・・ 織田作之助 「吉岡芳兼様へ」
・・・と私の理性が信じていても、澄み透った水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに、訝かしい魅惑が私の心を充たして来るのだった。 私はそれによく似た感情を、露草の青い花を眼にする・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・行一はそんな信子を、貧乏する資格があると思った。信子は身籠った。 二 青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸が木に褐色の実を乾かした。冬。凩が吹いて、人が殺された。泥棒の噂や火事が起こった。短い日に戸をたてる信子は舞いこむ・・・ 梶井基次郎 「雪後」
出典:青空文庫