・・・それと共に四季折々の時候に従って俳諧的詩趣を覚えさせる野菜魚介の撰択に通暁している。それにもかかわらず私はもともと賤しい家業をした身体ですからと、万事に謙譲であって、いかほど家庭をよく修め男に満足と幸福を与えたからとて、露ほどもそれを己れの・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ロビンソンクルーソーを読んでテニソンのイノック・アーデンのように詩趣がないと云う。ここまではなるほどと降参せねばならぬ。しかしそれだからロビンソンクルーソーは作物にならないと云うのは歌麿の風俗画には美人があるが、ギド・レニのマグダレンは女に・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・――ところが今の若い人は存外淡泊で、昔のような感激性の詩趣を倫理的に発揮する事はできないかも知れないが、大体吹き抜けの空筒で何でも隠さないところがよい。これは自分を取り繕ろいたくないという結構な精神の働いている場合もありましょうし、また隠さ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見するの好材料として何人の脳裏にも保存せらるるであろう。余はジェーンの名の前に立留ったぎり動かない。動かないと云うよりむしろ動けない。空想の幕・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ きっと貴女の持っていらっしゃる詩興、詩趣によるものでしょう。結婚と云うものに対し、愛の発育と云うものに対し、抱いていらっしゃる貴女の全人的な趣味も其処にかなり多くの起因を持っているのではありませんでしょうか。 私も、女性が――人間・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・遠くには大勢の人気のある、しかもそこだけには廃園の趣があって優美な詩趣に溢れていた。わたしは自分の隅としてそこを愛し、謂わばその隅で生長したのであった。 日本女子大学の英文科予科に一学期ほどいたことがある。ここの学校でも心に刻まれて・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・元気ながら持ち前のおもいやりでいたわられながら歓談したらきっと人足仕事などを心がけないでも、もっともっと詩趣豊かにほっこりするでしょうのにね。 重い病気から回復してゆく間のこういう感情は、私として始めての経験です。あなたはきっとこの数年・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・東京の市民は東京を死守せよ、一歩も出さない、という風なこわい気風もあったのであった。 東京地図などが持ち出されるのは、大抵従弟で、戦争を実地に経験して来たような客のある晩であった。 どうだろうねえ、どう思う? そんなことから、どれ、・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・この論法をもってすれば、同志小林が残虐きわまる拷問にあいつつ堅忍不抜、ついにボルシェヴィキの党派性を死守して英雄的殉難を遂げたそのボルシェヴィクの最後の積極性が発揮された時こそ、同志小林は最も偏狭であったということになるのだ。 同志小林・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・私としては実に多くのことを学んだこの公判の期間をとおして、一九四三年一月スターリングラードにおいて死守の命令をうけたナチス軍が消息を絶ったというニュース、反ファシスト軍がイタリアのシチリア島に上陸して戦果をおさめ、ムッソリーニが辞職した・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫