・・・ と胸を抱くように腕を拱んで、「小僧から仕立てられました、……その師匠に、三年あとになくなられましてな。杖とも柱とも頼みましたものを、とんと途方に暮れております。やっと昨年、真似方の細工場を持ちました。ほんの新店でござります。」・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・省作はもとから話下手ときてるから、半日並んで仕事をしていてもろくに口もきかないという調子で、今日の稲刈りはたいへんにぎやかであろうと思った反対にすこぶる振るわないのだ。しかし表面にぎやかではないが、おとよさんとおはまの心では、時間の過ぐるも・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・口下手な省作にはもちろん間に合わせことばは出ないから、黙ってしまった。母も省作のおちつかぬはおとよゆえと承知はしているが、わざとその点を避けて遠攻めをやってる。省作がおつねになずみさえすれば、おとよの事は自然忘れるであろうと思いこんで、母は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と云ったのでとにかく心まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「第一、三味線は下手だし、歌もまずいし、ここから聴いていても、ただきゃアきゃア騒いでるばかりだ」「ほんとうは、三味線はきらい、踊りが好きだったの」「じゃア、踊って見るがいい」とは言ったものの、ふと顔を見合わせたら、抱きついてやり・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しかし、僕は、どんな難局に立っても、この女を女優に仕立てあげようという熱心が出ていた。 六 僕は井筒屋の風呂を貰っていたが、雨が降ったり、あまり涼しかったりする日は沸たないので、自然近処の銭湯に行くことになった。吉弥・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると、故意乎、偶然乎、膠が利かなかったと見えて、絵具がベッタリ着物に附いてしまった。椿岳さんの画には最う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・殊に江戸文化の爛熟した幕末の富有の町家は大抵文雅風流を衒って下手な発句の一つも捻くり拙い画の一枚も描けば直ぐ得意になって本職を気取るものもあった。その中で左に右く画家として門戸を張るだけの技倆がありながら画名を売るを欲しないで、終に一回の書・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あアいう型に陥った大・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・と思われましたので、お姫さまは、家来を乞食に仕立てて、おつかわしになりました。 いろいろの乞食が、東西、南北、その国の都をいつも往来していますので、その国の人も、これには気づきませんでした。 乞食に姿をかえたお姫さまの使いのものは、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
出典:青空文庫