・・・顔にふるる芭蕉涼しや籐の寝椅子涼しさや蚊帳の中より和歌の浦水盤に雲呼ぶ石の影涼し夕立や蟹這い上る簀の子縁したたりは歯朶に飛び散る清水かな満潮や涼んでおれば月が出る 日本固有の涼しさを十七字に結晶さ・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ここかしこに歯朶の茂りが平かな面を破って幽情を添えるばかりだ。鳥も鳴かぬ風も渡らぬ。寂然として太古の昔を至る所に描き出しているが、樹の高からぬのと秋の日の射透すので、さほど静かな割合に怖しい感じが少ない。その秋の日は極めて明かな日である。真・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
苔いちめんに、霧がぽしゃぽしゃ降って、蟻の歩哨は鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯の森の前をあちこち行ったり来たりしています。 向こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻の兵隊が走って来・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ところがある夕方二人が羊歯の葉に水をかけてたら、遠くの遠くの野はらの方から何とも云えない奇体ないい音が風に吹き飛ばされて聞えて来るんだ。まるでまるでいい音なんだ。切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですずらんやヘリオトロープのいいかおり・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ 間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰めたのをゆるく両手で押すようにしてそれから羊歯の葉を五六枚のせて縄で上をからげました。「さあ戻るぞ。谷を見て来るかな。」理助は汗をふきながら右の方へ行きました。私もついて行きました。し・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・けれどもお前に今ごろそんなことを言われるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食っていてそれで死ぬならおれも死んでもいいような気がするよ」「もう二年ばかり待ってくれ、おれも死ぬのはもうかまわないようなもんだけれども少しし残した仕事もあるし・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・則ち人類から他の哺乳類鳥類爬虫類魚類それから節足動物とか軟体動物とか乃至原生動物それから一転して植物、の細菌類、それから多細胞の羊歯類顕花植物と斯う連続しているからもし動物がかあいそうなら生物みんな可哀そうになれ、顕花植物なども食べても切っ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・氷羊歯の汽車、恋人、アルネ。四、フウケーボー大博士はあくびといっしょにノルデの筆記帳をすぽりとのみ込んでしまった。五、噴火を海へ向けるのはなかなか容易なことでない。 化物丁場、おかしなならの影、岩頸問答、大博士発明のめがね。・・・ 宮沢賢治 「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」
・・・ よだかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。 羊歯の葉は、よあけの霧を吸って、青くつめたくゆれました。よだかは高くきしきしきしと鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにから・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
・・・客間の庭には松や梅、美しい馬酔木、榧、木賊など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、ま・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
出典:青空文庫