・・・ 英国でも、皇帝、皇后両陛下や、ロンドン市民から寄附をよこし、東洋艦隊や、カナダからの数せきの船は食糧を満さいして来ました。 支那では北京政府が二十万元を支出して送金して来た外、これまで米殻輸出を禁じていたのを、とくに日本のために、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 二人はこのような話をしながら待っている。築地の根を馬の鈴が下りてゆく。馬を引く女が唄を歌う。 障子を開けてみると、麓の蜜柑畑が更紗の模様のようである。白手拭を被った女たちがちらちらとその中を動く。蜜柑を積んだ馬が四五匹続いて出る。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・我慢しな。」「そりゃ、そうね。」 娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。 先夜、私は大酒を飲んだ。いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のとこ・・・ 太宰治 「朝」
・・・ 何だいあれあ、と口々にお祭を意味なく軽蔑しながら、三島の町から逃れ出て沼津をさしてどんどん歩き、日の暮れる頃、狩野川のほとり、江島さんの別荘に到着することが出来ました。裏口から入って行くと、客間に一人おじいさんが、シャツ一枚で寝ころんで居・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 私は、阿佐ヶ谷のピノチオという支那料理店で酔っ払い、友人に向かってそう云ったのを記憶している。「青ヶ島大概記」が発表せられて間もなく、私が井伏さんのお宅へ遊びに行き、例によって将棋をさし、ふいと思い出したように井伏さんがおっしゃっ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・僕は、店子の身元についてこれまで、あまり深い詮索をしなかった。失礼なことだと思っている。敷金のことについて彼はこんなことを言った。「敷金は二つですか? そうですか。いいえ、失礼ですけれど、それでは五十円だけ納めさせていただきます。いいえ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・釜のない煙筒のない長い汽車を、支那苦力が幾百人となく寄ってたかって、ちょうど蟻が大きな獲物を運んでいくように、えっさらおっさら押していく。 夕日が画のように斜めにさし渡った。 さっきの下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺の積・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・鬼の棲家を過ぎて仙郷に入るような気がして昔の支那人の書いた夢のような物語を想い出すのである。シー・ピー・スクラインがパミールの岩山の奥に「幸福の谷」を発見した記事を読んだときにいわゆる武陵桃源の昔話も全くの空想ではないと思ったことであったが・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・輿をささえる長い棒がじわじわしなっていた。活動写真の看板に「電光彩戯」と書いてある。四月三日 電車で愚園に行く。雨に湿った園内は人影まれで静かである。立ち木の枝に鴉の巣がところどころのっかっている。裏のほうでゴロゴロと板の上を何かこ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・享楽しながら商売の宣伝になるのは能率のいいことである。 この辺の山には他所の多くの山の概念とは少しばかりちがった色々の特徴があって面白い。ごく古い消火山と新しい活火山との中間物といったような気のする山である。形態が火山のようで、しかも大・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
出典:青空文庫