・・・いまこの少年が、かなり上等のシャツを着込み、私のものより立派な下駄をはいて、しゃんと立っているのを見て、私は非常に安心したのである。まずまず普通の服装である。狂人では、あるまい。さっき胸に浮かんだ計画を、実行しても差支え無い。相手は尋常の男・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・唇が、ひやと冷く、目をさますと、つるが、枕もとに、しゃんと坐っていた。ランプは、ほの暗く、けれどもつるは、光るように美しく白く着飾って、まるでよそのひとのように冷く坐っていた。「起きないか。」小声で、そう言った。 私は起きたいと努力・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・深い溜息をついて、それから両手で顔を覆ったが、はっと気を取り直して顔をしゃんと挙げ、「ウイスキイ。」と低く呟くように言って、すこし笑った。「ウイスキイは、」「なんでもいい。普通のものでいいのだ。」 六杯、続け様に、のんだ。・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・戸外へ出てから、しゃんと立ちあがったのである。惣助も、また母者人も、それを知らずに眠っていた。 満月が太郎のすぐ額のうえに浮んでいた。満月の輪廓はにじんでいた。めだかの模様の襦袢に慈姑の模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのま・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・と、あまがえるもとのさまがえるも、急いでしゃんと立ちました。かたつむりの吹くメガホーンの声はいともほがらかにひびきわたりました。「王さまの新らしいご命令。王さまの新らしいご命令。一個条。ひとに物を云いつける方法。ひとに物を云いつける方法・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすましてしゃんとすわっているのが目につきました。みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集って来ましたが誰も何とも云えませんでした。赤毛の子どもは・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のおかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ まっ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしゃんと立ったままうごきません。 からすの大監督はなおさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずいぶんの年老りです。眼が灰いろになってしまっていますし、啼くとまるで悪い人形の・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・シグナルは、今日は巡査のようにしゃんと立っていましたが、風が強くて太っちょの電柱に聞こえないのをいいことにして、シグナレスに話しかけました。「どうもひどい風ですね。あなた頭がほてって痛みはしませんか。どうも僕は少しくらくらしますね。いろ・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・山ねこの馬車別当は、気を付けの姿勢で、しゃんと立っていましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらえているらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。 そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。びっくりして屈んで・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
出典:青空文庫