・・・大阪辺りの封建的な商家などで、女中さんの名前をお竹どんとかおうめどんにきめているところがあった。そういうふうな家では、小夜という娘もそこに働いているうちはお竹どんと呼ばれるが、宮中生活のよび名で宮中に召使われているものの名であった紫式部、清・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 母の父、私たちにとって西村のおじいさんになる人は、明治三十五年ごろに没していて、向島の生家には、祖母と一彰さんと龍ちゃんという男の子がいた。 風呂場のわきにかなり大きい池があって、その水の面は青みどろで覆われ、土蔵に錦絵があったり・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・わたしたちが飢じく寒いからと言って、一部の人間だけは飽食して、他の大多数の人間に食物のない社会状態を、まともなものとして、肯定するひとがあるだろうか、火事がこんなに多い日本だからと言って、消火と防火の意味を否定するひとがあるだろうか。 ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
日本の文学者では、夏目漱石や鴎外などまでが、自身の文学的教養の中に中国文化のあるものを消化していたのだろうと思う。私たちの時代になると、伝統的な中国の文物については教養的に不足して来ているし、実際の生活感情からも遠くなって・・・ 宮本百合子 「中国文化をちゃんと理解したい」
・・・大浦の祭壇や聖像は生花の束で飾られて居たが、この宏い大聖壇を埋めるに充分な花は得難いと見え、厚紙細工の棕櫚らしいものが、大花瓶に立ててある。この大会堂に信者が溢れて、復活祭でも行われる時は壮観であろう。然し私の好みを云うなら、自分は大浦の、・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・その必要に立って、自我の拡大のための重大な消化機能である現実的な批判精神というものは拒否して来たのであったから。 社会情勢の波瀾が内外の圧力で純文学末期の無力な自我から最後の足がかりを引攫おうとしたとき、そのような苛烈な現実を歴史的な動・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・こういう階級性は決して作品の具体的な世界から遊離した観念としてのべられているのではなく、作品の血肉として消化され、芸術として形づくられています。主人公は、まだ階級的に目ざめつつある過程が描かれているのですから、まだ共産主義者として行動してい・・・ 宮本百合子 「文学について」
・・・ロマーシとゴーリキイとは百姓達を指揮して消火に奮闘した。ロマーシの命令は「おとなしく聞かれたが、彼等はまるで、他人の仕事をするように、恐る恐る、何だか絶望的に働く」のであった。往還の末に、村長と村の商人を先頭とする金持の塊が認められた。彼等・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 陰気な、表に向った窓もない二階建の小家の中からは、カンカン、カンカンと、何か金属細工をして居る小刻みな響が伝って来る。一方に、堂々たる石塀を繞し、一寸見てはその中の何処に建物が在るか判らない程宏大な家が、その質屋だと云うのである。・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・協議離婚として、離婚しようとする対手の夫がその申出を承認し、二人の証人も承認し、妻がわかければ、妻の生家の戸主の署名までなければ、離婚は不可能であった。妻が夫の乱行に耐えず、また冷遇にたえがたくて離婚したくても、夫が承知しなければ、生涯ただ・・・ 宮本百合子 「離婚について」
出典:青空文庫