・・・その疑いない証拠として、現に彼らのオクラを見たという人があると。こうした人々の談話の中には、農民一流の頑迷さが主張づけられていた。否でも応でも、彼らは自己の迷信的恐怖と実在性とを、私に強制しようとするのであった。だが私は、別のちがった興味で・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なかった。 富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、大きな事実に対して、証拠は夢であった。全で殴った・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・小遣いにせよと言われたその紙入れを握ッている自分の手は、虚情でない証拠をつかんでいるのだ。どうしてこんなことになッたのか。と、わからないながらに嬉しくてたまらず、いつか明日のわが身も忘れてしまッていた。「善さん、私もね、本統に頼りがない・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・論より証拠、世界古今に其例なきを如何せん。若し万一も例外の事実ありとすれば、自から之に伴う例外の原因なきを得ず。人に教うるに常情以外の難きを以てす、教育家の事に非ざるなり。元来尊敬は外にして親愛は内なり。内に親愛の至情なきも外面に尊敬の礼を・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・あるいはこれを捨てて用いざらんか、怨望満野、建白の門は市の如く、新聞紙の面は裏店の井戸端の如く、その煩わしきや衝くが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑が一人の家嫂を窘るに異ならず。いかなる政府も、これに堪ゆること能わざるにい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・新理想とか何とか云い出すな、まだレフレクションに捉われてる証拠さ。併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。文学の方で最近の傾向はシンボリズムとか、ミスチシズムとか云うのだが、イズムの中に彷徨いてる間や未だ駄目・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュルナンは三十六歳になっている。鬚を綺麗に剃っている。指の爪と斬髪頭とに特別の手入をしている。衣服は第一流の裁縫師に拵えさ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・その味を真から嘗めた事がない。つい表面の見えや様子や、空々しい詞を交して来たばかりだ。その証拠にお前に見せる物がある。この手紙の一束を見てくれい。(忙がしげに抽斗を開け、一束の手紙を取り出恋の誓言、恋の悲歎、何もかもこの中に書いてはある。己・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・間に生れても、病気と貧乏とで一生困められるばかりで、到底ろくたまな人間になる事は出来まい、とおっしゃった、…………………というような、こんな犬があって、それが生れ変って僕になったのではあるまいか、その証拠には、足が全く立たんので、僅に犬のよ・・・ 正岡子規 「犬」
・・・その証拠には、第一にその泥岩は、東の北上山地のへりから、西の中央分水嶺の麓まで、一枚の板のようになってずうっとひろがっていました。ただその大部分がその上に積った洪積の赤砂利や※す。」私が挨拶しましたらその人は少しきまり悪そうに笑って、「・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
出典:青空文庫