・・・官衙や商社における組織や行政の不備や吏員の怠慢に対しても犀利な批評と痛切な助言を加えたい。 これらのあらゆる探究摘発批評の動機が純粋に好意的のものでありたい。不備に対して当事者を攻撃し誹謗する事よりもむしろ当事者の味方になり、そうして一・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・また写真の種板に感ずるのも照射の時間によって色々になるものである。それで問題も物理的に明白な意味のあるものにするには、例えば海面における光度の百分一とか千分一に減ずる深さ幾何とかいう事にしなければならぬ。このように問題の分析が出来てしまえば・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・お絹は二人を迎えたが、母親とはまた違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・少なくとも瀟洒とか風流とかいう念と伴う。しかしカーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 試みに西洋諸国の工商社会を見れば、某は何々の工事を企てて何十万円を得たり、某は何々の商売に何百万の産をなしたりという、その人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたし・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ 蕪村の句の絵画的なるものは枚挙すべきにあらねど、十余句を挙ぐれば木瓜の陰に顔たくひすむ雉かな釣鐘にとまりて眠る胡蝶かなやぶ入や鉄漿もらひ来る傘の下小原女の五人揃ふて袷かな照射してさゝやく近江八幡かな葉うら/・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・は、駒沢の奥のひっそりした分譲地の借家に暮していたころ、その分譲地のいくつかの小道をへだてたところにある一つの瀟洒たる家におこったことであった。「小村淡彩」「一太と母」「帆」「街」はどれも一九二五年から二六年ごろにかかれた。日本の文学に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・波多野さんが尋ねて来ましたが、その折なるほど女は斯うあってもいいと思わせるような瀟洒な姿であるにも拘らず、何時もよりはだいぶ痩せが見えていたので、そのことに就いて聞くと、只仕事が忙しいのと夏痩の結果であると答えていました。然し今から考えて見・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・そのステッキの外見の瀟洒さ。流行。キッドの手套。キャデラック。又は半ズボンと共に郊外の散歩。あるいは忽然として、自分のわきに細い眉毛を描いて立つ洋装の女を思い出すかもしれない。自分は、今ステッキを見てそのような種類のことは思えない。何ともい・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫