・・・それが、空の光の照明度がある限界値に達すると、たぶん細胞組織内の水圧の高くなるためであろう。螺旋状の縮みが伸びて、するすると一度にほごれ広がるものと見える。それでからすうりの花は、言わば一種の光度計のようなものである。人間が光度計を発明する・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・そこで甲地から乙地に通信をしようと思うときには先ず甲で松明を上げる。乙地でそれを認めたらすぐ返答にその松明を上げて同時に土器の底の栓を抜いて放水を始める。甲地でも乙の松明の上がると同時に底の栓を抜く。そうして浮かしてある栓の棒がだんだんに下・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・あらゆる種類の電気照明は積雪飛雪の街頭にその最大能率を発揮する。ネオンサインの最も美しく見えるのもまた雪の夜である。雪の夜の銀座はいつもの人間臭いほこりっぽい現実性を失って、なんとなくおとぎ話を思わせるような幻想的な雰囲気に包まれる。町の雑・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 急に暑くなった日に電車に乗って行くうちに頭がぼうっとして、今どこを通っているかという自覚もなくぼんやり窓外をながめていると、とあるビルディングの高い壁面に、たぶん夜の照明のためと思われる大きな片かなのサインが「ジンジンホー」と読まれた・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・この点を確かめるには、実験室内でできるだけ気流をならしておいて、その中で養ってあるとんぼにいろいろの向きからいろいろの光度の照明をして実験することもできなくはない。しかし実験室内に捕われたとんぼがはたして野外の自由なとんぼと全く同じ性能をも・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ 二 草市 七月十三日の夕方哲学者のA君と二人で、京橋ぎわのあるビルディングの屋上で、品川沖から運ばれて来るさわやかな涼風の流れにけんぐしながら眼下に見通される銀座通りのはなやかな照明をながめた。煤煙にとざされた大都市の・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・大都市の冬に特有な薄い夜霧のどん底に溢れ漲る五彩の照明の交錯の中をただ夢のような心持で走っていると、これが自分の現在住んでいる東京の中とは思えなくなって、どこかまるで知らぬ異郷の夜の街をただ一人こうして行方も知らず走っているような気がして来・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・頂上には自由の神様が引きちぎった鎖と松明を持って立っています。恐ろしい風の強い日で空にはちぎれた雲が飛んでいるので、仰いで見ているとこの神像が空を駆けるように見えました。辻の広場には塵や紙切れが渦巻いていました。 広場に向かって Au ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 東京市全部の地図が美しい大公園になってそこに運動場や休息所がほどよく配置され、地下百尺二百尺の各層には整然たる街路が発達し、人工日光の照明によって生育された街路樹で飾られている光景を想像することもそれほど困難ではないように思われるので・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
子供の時分の冬の夜の記憶の中に浮上がって来る数々の物象の中に「行燈」がある。自分の思い出し得られる限りその当時の夜の主なる照明具は石油ランプであった。時たま特別の来客を饗応でもするときに、西洋蝋燭がばね仕掛で管の中からせり・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
出典:青空文庫