・・・しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多少でも不利なような事があったとしても、彼の物理学者としてのえらさにはそのために少しの疵もつかないだろうという事は、彼の仕事の筋道を一通りでも見て通った人の等しく承認しなければならない事で・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ただ我邦学術の健全なる発達に対する熱望の外には何物もない。ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかもしれないが、これについては単えに読者の寛容を祈る次第である。 寺田寅彦 「学位について」
・・・つまり写真機を持って歩くのは、生来持ち合わせている二つの目のほかに、もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。 顕微鏡も、やはりわれわれの目のほかのもう一つの目である。この目で手近な平凡なものをのぞいて見ると自分のいる周・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 盆踊りといえば生来ただ一度、それも明治三十四五年ごろ、土佐のあるさびしい浜べの村で一晩泊まった偶然の機会に思いがけない見物をしただけで、それ以後にはついぞ二度とは見たことがなかった。そのころにはこういうものは、「西洋人に見られると恥ず・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。 たとえば耳の利用として次のようなことも考えられる。 すべての音は蓄音機のレコードの上に曲線として現わされる。反対にすべての週期的ないし擬週期的曲線は音とし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それは、全身にいろいろの刺青を施した数名の壮漢が大きな浴室の中に言葉どおりに異彩を放っていたという生来初めて見た光景に遭遇したのであった。いわゆる倶梨伽羅紋々ふうのものもあったが、そのほかにまたたとえば天狗の面やおかめの面やさいころや、それ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ 千歳という岬端の村で半日くらい観測した時は、土地の豪家で昼食を食わしてもらった。生来見たことのない不気味な怪物のなますを御馳走になった。それがホヤであった。海へはいって泳いでみたら、恐ろしく冷たいので、ふるえ上がってしまった。そこから・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・一人の帝王の師たる者もなく、誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇の大切なる機会を見す見す看過し、国家百年の大計からいえば眼前十二名の無政府主義者を殺して将来永く無数の無政府主義者を生むべき種を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 或日試みた千葉街道の散策に、わたくしは偶然この水の流れに出会ってから、生来好奇の癖はまたしてもその行衛とその沿岸の風景とを究めずにはいられないような心持にならせた。 流は千葉街道からしきりと東南の方へ迂回して、両岸とも貧しげな人家・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・銀座の商店の改良と銀座の街の敷石とは、将来如何なる進化の道によって、浴衣に兵児帯をしめた夕凉の人の姿と、唐傘に高足駄を穿いた通行人との調和を取るに至るであろうか。交詢社の広間に行くと、希臘風の人物を描いた「神の森」の壁画の下に、五ツ紋の紳士・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫