・・・おくれ、やっとちらほら咲きはじめたばかりであったが、それから、五月、六月、そろそろ盆地特有のあの炎熱がやって来て、石榴の濃緑の葉が油光りして、そうしてその真紅の花が烈日を受けてかっと咲き、葡萄棚の青い小粒の実も、日ましにふくらみ、少しずつ重・・・ 太宰治 「薄明」
・・・しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽつり、ぽつり、雨の降りはじめのように、あちら、こちらに、赤い小粒があらわれて、頸のまわり、胸から、腹から、背中のほうにまで、まわっている様子なので、合せ鏡して背中を写してみると、白い背中のスロオ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のあ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・おどろな灰褐色の髪の下に真黒な小粒な顔がのぞいている。色があまりに黒いのと距離が遠いのとで、顔の表情などは遺憾ながら分らない。片手に何か短い棒のようなものを固く握っているが、これも何であるか分らなかった。しかし私にはそれはどうでもよい。面白・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・子供が小流で何か釣っている。「鮒か。」「ウン。」精の友達らしい。いつの間にか要太郎が見えなくなったと思うていると遥か向うの稲村の影から招いている。汗をふきふきついて行った。道の上で稲を扱いている。「御免なさいよ。」「アイ御邪魔でございます。・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・それどころか、たとえ小粒でも適当な形に加工彫琢したものは燦然として遠くからでも「視える」のである。これはこれらの物質がその周囲の空気と光学的密度を異にしているためにその境界面で光線を反射し屈折するからであって、たとえその物質中を通過する間に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・は四年間、オランダ、スイス、オーストリヤ、チェコ、ベルギー等を巡業し、いたるところで喝采をえた。小粒ながらも胡椒のきいたその移動演劇は、ナチスにとっては小柄な蜂のように邪魔であった。エリカは、舞台のうえにいていくたびか狙撃された。が、無事に・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 現に移動劇場の仕事は、よくこの諷刺文学の、小粒な活力を利用してわれわれに見せている。 作家がそういう小粒で便利な武器をどうしてドシドシ作れるか? ほんとに大衆と職場の動きを知らなければならないということになるのである。〔一九三一年・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・私もここに野暮にして重厚な真心をもって、×××氏がカレントに、小粒ながら真実深き評言を正面に人生に向って投げられるように希望する。〔一九二七年二月〕 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・愛のこころはこのように小粒な、しかも歳月によって磨滅することのない表現のうちにこめられているのである。涙は眼に溢れるけれども、頭は昂然と歴史の前途に向ってもたげ、愛と勇気と堅忍とをもって民主の日本を生きようとするすべての精神にとって、この一・・・ 宮本百合子 「人民のために捧げられた生涯」
出典:青空文庫