・・・共にしたとはいうけれど、譬えば一家の主僕がその家を、輿を、犬を、三度の食事を、鞭を共にしていると変った事はない。一人のためにはその家は喜見城で、一人のためには牢獄だ。一人のためには輿は乗るもので、一人のためには輿は肩から血を出すものだ。一人・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ それではもう日中だからみんなは立ってやすみ、食事をしてよろしい。」 アラムハラドは礼をうけ自分もしずかに立ちあがりました。そして自分の室に帰る途中ふとまた眼をつぶりました。さっきの美しい青い景色がまたはっきりと見えました。そしてそ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・相当空腹であったが、陽子は何だか婆さんが食事を運んで来る、それを見ておられなかった。一人ぼっちで、食事の時もその部屋を出られず、貧弱そうな食物を運んで貰う――異様に生活の縮小した感じで、陽子は落付きを失った。「ここへ置きますから、どうぞ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・スエ子は母がなくなってから糖尿病がひどくなって来て、この頃はアコウディオンを中止で、食餌養生をして居ります。相当意志をつよくやっているのは感心ですが、可哀そうに。私は彼女の音楽について大した幻想は抱いて居りません。 これまでの手紙で忘れ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そのためにバルザックの作品の校正は植字工にとって恐ろしい仕事であったばかりでなく、作者自身にとっても驚くべき大仕事であったらしい。「数時間後、炯々たる眼光のずんぐりした男が、着物を乱し、でこぼこ帽子をかぶって印刷屋から出て行った。通行人は一・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・労役免除の日は食餌を減らして、囚人たちが休日をたのしみすぎないようにする。それが、監獄法による善導の方法と考えられているのである。 焼けたいもをとって、ひろ子もたべた。「あら、本当に、このおいもは、特別おいしいわ」「そうだろう?・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 彼女たちは、その家政科の学識を駆使して、まず一定の生産的な社会的な勤労に従う男女はどれだけの食餌、どれだけの休養、どれだけの文化衛生費を必要とするか、客観的な標準を立てて、さておのおのの収入総額によってどれだけの不足がどの部分に生じて・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・はアサという植字の婦人労働者を女主人公として、こくめいに描きだしている。いまから十年前にかかれたこの小説を、きょうの印刷工場に働いている若い婦人労働者、アサに似たような家庭条件でこれから結婚しようとしている若い婦人労働者がいてよんだとしたら・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・ そして食事が終わった。 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・もう午を過ぎた。食事の支度は女中に言いつけてあるが、姑が食べると言われるか、どうだかわからぬと思って、よめは聞きに行こうと思いながらためらっていた。もし自分だけが食事のことなぞを思うように取られはすまいかとためらっていたのである。 その・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫