・・・すなわち天保・弘化の際、蘭学の行われしは、宝暦・明和の諸哲これが初階を成し、方今、洋学のさかんなるは、各国の通好によるといえども、実に天保・弘化の諸公、これが次階をなせり。然らばすなわち吾が党、今日の盛際に遇うも、古人の賜に非ざるをえんや。・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・西洋諸国の上流社会にてこの種の女子を賤しむは勿論、我が日本国においても、仮に封建時代の諸侯を饗するに今日の如き芸妓の歌舞を以てせんとしたらば、必ず不都合を訴うることならん。されば、かの貴賓もその芸妓の何ものたるを知らざりしこそ幸いなれ、もし・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・臨むに諸侯の威をもってし招くに春岳の才をもってし、しこうして一曙覧をして破屋竹笋の間より起たしむるあたわざりしもの何がゆえぞ。謙遜か、傲慢か、はた彼の国体論は妄に仕うるを欲せざりしか。いずれにもせよ彼は依然として饅頭焼豆腐の境涯を離れざりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・しかしテーマは、古代ペルシアの王と諸公の運命を支配していた封建的な関係。同じ社会的な条件で、その愛も全うされなかった男女、その間に生れた雄々しい若者。最後のクライマックスで、封建社会での王は最も頼みにしているルスタムの哀訴さえ自身の権勢を安・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・過去の雄々しい作曲家たちが、平民の生れで、諸公たち、諸紳士淑女たちの習俗に常に居心地わるがりながら、しかも僅に、その諸公、諸紳士淑女をもよろこばせる範囲の諧謔に止っていたのだとすれば、明日の作曲家たちの宇宙は、この方面にも勇ましくひろげられ・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・ 武士は明け暮れ血眼で居らねばならぬ諸公の身分をうらやみ、諸公は王をうらやんで、すべてのものに仰がるる王は又神をうらやみ、下っては只一振りの剣が命の武士をうらやむと申すのは神でのうてはわかり得ぬほどいつの世にも変らぬ不思議な事の一つでご・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・第一の若僧 私なら一度ゆるした者を又諸侯にそそのかされて罪しようなどとは思わないだろうのに――。 そしてあべこべに都を走らなければならない様な事はすまいのに――重苦しい沈黙がしばらくつづく。老僧は時々白い寝床の裡をのぞき・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 二 竜池は家を継いでから酒店を閉じて、二三の諸侯の用達を専業とした。これは祖先以来の出入先で、本郷五丁目の加賀中将家、桜田堀通の上杉侍従家、桜田霞が関の松平少将家の三家がその主なるものであった。加賀の前田は金沢・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・新しい曙光は擅な美と享楽とに充ちた世界を照らし初めた。かくて私は彼らの生活に Aesthet らしい共鳴を感じ得るようになった。 そこで私は彼らを彼らの世界の内で愛した。それは共犯者の愛着に過ぎなかったが、しかし私はそれを秘められた人間・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫