・・・応募答案の中には実に深遠を極めた学説のさまざまが展開されていた。しかし当選した正解者の答案は極めて簡単明瞭で「水はこぼれますよ」というのであった。 颱風のような複雑な現象の研究にはなおさら事実の観測が基礎にならなければならない。それには・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であって不安定な平衡が些細な機縁のために破れるやいなや、加速的に壊滅の深淵に失墜するという機会に富んでいるのではあるまいか。 このような六ヶしい問題は私には到底分りそうもない。あるいは専・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・もしこの語を以て評すれば露伴先生の文はけだし江戸趣味の極めて深遠なるもので、また古今を通じて随筆の冠冕となすべきものである。『世に忘れられたる草木』『雲のいろいろ』以下幾十篇皆独特の観察に基いている。正宗君は露伴先生が明治三十年代に雑誌『新・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・しかし我々は単に俳句の如きものの美を誇とするに安んずることなく、我々の物の見方考え方を深めて、我々の心の底から雄大な文学や深遠な哲学を生み出すよう努力せなければならない。我々は腹の底から物事を深く考え大きく組織して行くと共に、我々の国語をし・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・ ニイチェの著書は、おそらく人間の書いた書物の中で、最も深遠で、且つ最も難解なものの一つであらう。その深遠な理由は、思想が人間性の苦悩の底へ、無限に深くもぐりこんで抜けないほどに根を持つて居るのと、多岐多様の複雑した命題が、至るとこ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・皆で寄ってたかって彼女を今日の深淵に追い込んでしまったんだ。だから僕にも信頼しないんだ。こんな絶望があるだろうか。「だけど、このまま、そんな事をしていれば、君の命はありやしないよ。だから医者へ行くとか、お前の家へ連れて行くとか、そんな風・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ けだし意味深遠なる著書は読者の縁もまた遠くして、発兌の売買上に損益相償うを得ず、これを流行近浅の雑書に比すれば、著作の心労は幾倍にして、所得の利益は正しくその割合に少なし。大著述の世に出でざるも偶然に非ざるなり。いずれも皆、学問上には・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・クリスト教国に生れて仏教を信ずる所以はどうしても仏教が深遠だからである。自分は阿弥陀仏の化身親鸞僧正によって啓示されたる本願寺派の信徒である。則ち私は一仏教徒として我が同朋たるビジテリアンの仏教徒諸氏に一語を寄せたい。この世界は苦である、こ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ぶつかった場合、やはりとかく不満や居心地わるさの対照に女をおいて、女らしさという呪文を思い浮べ、女には女らしくして欲しいような気になり、その要求で解決がつけば自分と妻とが今日の文明と称するもののうちに深淵をひらいている非文明の力に金縛りにな・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ この死によって私は、殊に近来夫婦関係というような事に就いていろいろの事を考えて来ましたが、私共の機械的な日常生活の中に、こんな深遠な境地が係らわっていることか、と深く深く胸を撲たれました。そうして有島さんの最近の作物「二つの心」などを・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
出典:青空文庫