・・・したがっていったん、その結合が破れたときにはその悲傷もまた深刻である。万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・殊に、現在の、深刻な農業恐慌の下で、負担のやり場を両肩におッかぶせられて餓死しないのがむしろ不思議な農民の生活、合法無産政党を以て労農提携の問題をごま化し去ろうとする社会民主主義者共の偽まんを突破して真に階級性を持った提携に向って進んでいる・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、その大分に複雑で、そしてその談中に出て来る骨董好きの人や骨董屋の種の性格風ふうぼうがおのずと現われて、かつまた高貴の品物に搦む愛着や慾念の表裏が如何様に深刻で険危なものであるということを語って・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・今は汽車の便ありて深谷より寄居に至る方、熊谷より寄居に至るよりもやや近ければ、深谷まで汽車にて行き越し、そこより馬車の便りを仮りて寄居に至り、中仙道通りの路に合する路を人の取ることも少からずと聞く。同じ汽車にて本庄まで行き、それより児玉町を・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ よく小説にあるように、俺たちは何時でもむずかしい、深刻な面をして、此処に坐ってばかりいるわけではないのだ。この決してズロースを忘れない娘さんに対する毎日々々の「期待」が、蒸しッ返えしの長い長い二十九日を、案外のん気に過ごさしてくれたよ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・お自重すべし、石に矢の立つ例も有之候云々、という激励のお言葉を賜り、先生はどんなに私を頭の悪い駄目な男と思っているのか、その短いお便りに依って更にはっきりわかったような気がして、有難く思うと共に、また深刻に苦笑したものであった。けれども、私・・・ 太宰治 「佳日」
・・・んの奥様のこと、井伏さんのこと、井伏さんの奥さんのこと、家人の叔父吉沢さんのこと、飛島さんのこと、檀君のこと、山岸外史の愛情、順々にお知らせしようつもりでございましたが、私の話の長びくほど、後に控えた深刻力作氏のお邪魔になるだけのことゆえ、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・いまの時勢に、くるしいなんて言って、酒をくらって、あっぱれ深刻ぶって、いい気になっている青年が、もし在ったとしたなら、私は、そいつを、ぶん殴る。躊躇せず、ぶん殴る。けれども、いまの私は、その青年と、どこが違うか。同じじゃないか。としをとって・・・ 太宰治 「鴎」
・・・を持ちはじめて、その頃ちょうど円貨の切り換えがあり、こんな片田舎の三等郵便局でも、いやいや、小さい郵便局ほど人手不足でかえって、てんてこ舞いのいそがしさだったようで、あの頃は私たちは毎日早朝から預金の申告受附けだの、旧円の証紙張りだの、へと・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・いつわりなき申告 黙然たる被告は、突如立ちあがって言った。「私は、よく、ものごとを識っています。もっと識ろうと思っています。私は卒直であります。卒直に述べようと思っています。」 裁判長、傍聴人、弁護士たちでさえ、すこ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫