・・・ 神聖な感動に充ち満ちた神父はそちらこちらを歩きながら、口早に基督の生涯を話した。衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・「惟皇たる上帝、宇宙の神聖、この宝香を聞いて、願くは降臨を賜え。――猶予未だ決せず、疑う所は神霊に質す。請う、皇愍を垂れて、速に吉凶を示し給え。」 そんな祭文が終ってから、道人は紫檀の小机の上へ、ぱらりと三枚の穴銭を撒いた。穴銭は一・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 「新生」読後 果して「新生」はあったであろうか? トルストイ ビュルコフのトルストイ伝を読めば、トルストイの「わが懺悔」や「わが宗教」のうそだったことは明らかである。しかしこのを話しつづけたトルスト・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そうと誓った、その神聖な誓言を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督の御顔を、金輪際拝し得られぬ苦しみは忍びようがな・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・沢本 隠し食いをしておきながら……貴様はチョコレットで画が描けるとでも思ってるんか。神聖なる画箱にチョコレットを……だから貴様は俗物だよ。花田 なんとでもいえ。しかし俺がいなかったら、おまえたちは飢え死にをするよりしかたないとこ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような心持がする。無論ある程度まで自分を英雄だと感じているのである。奥さんのような、かよわい女のためには、こんな態度の人・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ そこにおいて、終生……つまらなく言えば囲炉裡端の火打石です。神聖に云えば霊山における電光です。瞬間に人間の運命を照らす、仙人の黒き符のごとき電信の文字を司ろうと思うのです。 が、辞令も革鞄に封じました。受持の室の扉を開けるにも、鍵・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ ときに高峰の風采は一種神聖にして犯すべからざる異様のものにてありしなり。「どうぞ」と一言答えたる、夫人が蒼白なる両の頬に刷けるがごとき紅を潮しつ。じっと高峰を見詰めたるまま、胸に臨めるナイフにも眼を塞がんとはなさざりき。 と見・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・一 淡島氏の祖――馬喰町の軽焼屋 椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政に方って町人もまた苗字を戸籍に登録した時、屋号の淡島屋が世間に通りがイイというので淡島と改称したので、本姓は服部であった。かつ椿岳は維新の時、事実上淡島・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫