・・・若い女と一緒に参政権を絶叫し、台所のお爨どんまで時間制を高唱して労働運動に参加しようとする今日の思潮は世間の大勢で如何ともする事が出来ないのを、官僚も民間も切支丹破天連の如く呪咀して、惴々焉としてその侵入を防遏しようとしておる。当年の若い伊・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・まだ睡つかぬ者は、頭を挙げて新入の私を訝しそうに眺めた。私は勝手が分らぬので、ぼんやり上り口につっ立っていると、すぐ足元に寝ていた男に、「おいおい。人の頭の上で泥下駄を垂下げてる奴があるかい。あっちの壁ぎわが空いてら。そら、駱駝の背中み・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・立派な丸髷に結った何処かの細君らしい婦人で、新入の患者仲間を迎え顔におげんの方へ来て、何か思いついたように恐ろしく丁寧なお辞儀をして行くのもあった。 寒い静かな光線はおげんの行く廊下のところへ射して来ていて、何となく気分を落着かせた。そ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・一、医師は、決して退院の日を教えぬ。確言せぬのだ。底知れず、言を左右にする。一、新入院の者ある時には、必ず、二階の見はらしよき一室に寝かせ、電球もあかるきものとつけかえ、そうして、附き添って来た家族の者を、やや、安心させて、あくる日・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・もしかすると鶺鴒の群がこの辺の縄張を守っていて雀の侵入者を迫害するのではないか。そんな臆説も考えられる。 池に家鴨がただ一羽いる。それが何だか淋しそうである。家鴨は群れている方が家鴨らしく、白鳥は一、二羽の方が白鳥らしい。 夕方にな・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・という映画に、ヒーローの寝ころんで「ナポレオンのイタリア侵入」を読んでいる横顔へ、女がいたずらの光束を送るところがあったようである。 四 ドライヴ 身体の弱いものがいちばんはっきり自分の弱さを自覚させられて不幸に感・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・従って観客はもはや傍観者ではなくてみずからその場面の中に侵入し没入して演技者の一人になってしまうのである。それで、おもしろいことには、劇や舞踊の現象自身は三次元空間的であるにかかわらず、観客の位置が固定しているためにその視像は実に二次元的な・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・もしか自分がライオンだったら、この不都合な侵入者らに対してどんなに腹の立つことであろう。 アフリカは世界の動物園、野獣の楽園として永久に保存したい。天然物保存地帯として少なくもこの大陸内地の大部分を万国協定で指定してほしいと思うのである・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・また、鳥の生活に全然没交渉なわれわれは、鳥の声からしてわれわれの生活の中に無作法に侵入して来るような何物の連想をもしいられないせいもあるであろう。蝉の声には慣らされるが、ラジオの舌にはなかなか教育されるのに骨が折れる。 夕方歩いていたら・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・を「個体性のないものは連続的物質中に侵入する」と訳しているが、これは、何となく古典物理学のエーテルを云っているようで面白い。「故致数車無車」を「部分の総和は全体ではない」と訳しているのでも、当否は別としてやはり面白い。欠けた硝子片を寄せたも・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫