・・・おや、忘れていました。新年おめでとうございます。元旦。 あなたは私をおだましなさいました。あなたは私に、第二、第三の風の便りをも書かせると約束して置きながら、たっぷり葉書二枚ぶんのおかしな賀状の文句を書かせたきりで、私を死な・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・頼れるだけの動かない信念をも持ちたいと、あせっている。しかし、これら全部、娘なら娘としての生活の上に具現しようとかかったら、どんなに努力が必要なことだろう。お母さん、お父さん、姉、兄たちの考えかたもある。(口だけでは、やれ古いのなんのって言・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・シロオテは降りしきる雪の中で、悦びに堪えぬ貌をして、私が六年さきにヤアパンニアに使するよう本師より言いつけられ、承って万里の風浪をしのぎ来て、ついに国都へついた、しかるに、きょうしも本国にあっては新年の初めの日として、人、皆、相賀するのであ・・・ 太宰治 「地球図」
・・・「おめでとう。新年おめでとう。」 私はそんな事を前田さんに、てれ隠しに言った。 前田さんは、前は洋装であったが、こんどは和服であった。おでんやの土間の椅子に腰かけて、煙草を吸っていた。痩せて、背の高いひとであった。顔は細長くて蒼・・・ 太宰治 「父」
・・・ しかし案内者や先達の中には、自己のオーソリティに対する信念から割り出された親切から個々の旅行者の自由な観照を抑制する者もないとは言われない。旅行者が特別な興味をもつ対象の前にしばらく歩を止めようとするのを、そんなものはつまらないから見・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 善い事だから宣伝しなければならないという強い信念の下にすべての宣伝は行なわるべきものであろう。便宜その他のあまり真剣でない雑多の動機から行なわるるものもないとは限らないが、そういうものは論外である。ほんとうの宣伝ならば、宣伝さるる事が・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・でも一九六五年あたりの新年号に書くことになるかもしれない。そう思うと少し淋しい心持もするのである。 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・ 病人の容体はよいとも悪いともつかぬうちに年は容捨なく暮れてしまう。新年を迎える用意もしなければならぬが、何を買ってどうするものやらわからぬ。それでも美代が病人のさしずを聞いてそれに自分の意見を交ぜて一日忙しそうに働いていた。大晦日の夜・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ 年末から新年へかけて新聞紙でよく名士の訃音が頻繁に報ぜられることがある。インフルエンザの流行している時だと、それが簡単に説明されるような気のすることもある。しかしそう簡単に説明されない場合もある。 四五月ごろ全国の各所でほとんど同・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
出典:青空文庫