・・・らるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀も総て虚礼なるべし、我等この度仰を受けたるは茶事に御用に立つべき珍らしき品を求むる外他事なし、これが主命なれば、身命に懸けても果さでは相成らず、貴殿が香・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・らるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀も総て虚礼なるべし、我等この度仰を受けたるは茶事に御用に立つべき珍らしき品を求むる外他事なし、これが主命なれば、身命に懸けても果たさでは相成らず、貴殿が・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・国から来た親類には、随分やかましい事を言われる様子で、お蝶はいつも神妙に俯向いて話を聞いていても、その人を帰した跡では、直ぐ何事もなかったように弾力を回復して、元気よく立ち働く。そしてその口の周囲には微笑の影さえ漂っている。一体お蝶は主人に・・・ 森鴎外 「心中」
・・・さて牢屋敷から棧橋まで連れて来る間、この痩肉の、色の青白い喜助の様子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬って、何事につけても逆らわぬようにしている。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・自己の身命を超個人的道義的任務に捧げるもののみが、正しいと見られるのである。儒教は自己の身命を「人倫の道」に捧げよと命ずる。すべての詔勅もまたこの精神によって人々の範とすべき道を説いている。皇室はこの「道」の代表者である。父が宣伝しようとす・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫