・・・彼は此為には沢山の時間を無駄につぶし、殆ど毎日、昼から釣をしている姿の見えぬ事はありません。彼がスバーに一番ちょくちょく会ったのも斯うやって釣をする時でした。何をするにでも、プラタプは仲間のあるのが好きでした。釣をしている時には、口を利かな・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・そのあとに私が行って、そうして四、五時間そこで仕事をして、女のひとが銀行から帰って来る前に退出する。 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれに・・・ 太宰治 「朝」
・・・○KR女史に、耳環を贈る約束。○人の子には、ひとつの顔しか無かった。○性慾を憎む。○明日。 読んでいって、てるには、ひどく不思議な気がした。庭を掃き掃き、幾度も首をふって考えた。この、謂わば悪魔のお経が、てるの嫁入りまえ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・まだ時間は早い。文士卓にはもう大勢団欒をしていて、隅の方には銀行員チルナウエルもいた。そこへ竜騎兵中尉が這入って来て、平生の無頓着な、傲慢な調子でこう云った。「諸君のうちで誰か世界を一周して来る気はありませんか。」 ただこれだけで、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 時間の経っていくのなどはもうかれにはわからなくなった。軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなかった。新しい苦痛が増した。 床近く蟋蟀が鳴いていた。苦痛に悶えながら、「あ、蟋蟀が鳴いている……」とかれは思った。そ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・襟を棄ててから、もう四時間たっている。まさか襟がさきへ帰ってはいまいとは思いながら、少しびくびくものでホテルへ帰った。さも忙しいという風をしてホテルの門を通り掛かった。門番が引き留めた。そしてうやうやしく一つの包みを渡すのである。同じ紙で包・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・大概の教師はいろんな下らない問題を生徒にしかけて時間を空費している。生徒が知らない事を無理に聞いている。本当の疑問のしかけ方は、相手が知っているか、あるいは知り得る事を聞き出す事でなければならない。それで、こういう罪過の行われるところでは大・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 時間や何かのことが、三人のあいだに評議された。「とにかく肚がすいた。何か食べようよ」私はこの辺で漁れる鯛のうまさなどを想像しながら言った。 私たちは松の老木が枝を蔓らせている遊園地を、そこここ捜してあるいた。そしてついに大きな・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・「ずッと、家へもどっていい、夜業は三時間につけとくから」 のりバケツとポスターの束をかかえて、外へでるとき、主人にそういわれると、二人はていねいにおじぎしている。「オーイ」 古藤の下宿の下を通るとき、三吉はどなってみたが返事・・・ 徳永直 「白い道」
・・・それを越して霞ヶ関、日比谷、丸の内を見晴す景色と、芝公園の森に対して品川湾の一部と、また眼の下なる汐留の堀割から引続いて、お浜御殿の深い木立と城門の白壁を望む景色とは、季節や時間の工合によっては、随分見飽きないほどに美しい事がある。 遠・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫