・・・さてその事実を極端まで辿って行くと、いっさい万事自分の生活に関した事は衣食住ともいかなる方面にせよ人のお蔭を被らないで、自分だけで用を弁じておった時期があり得るという推測になる。人間がたった一人で世の中に存在しているということは、ほとんど想・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・四高では私にも将来の専門を決定すべき時期が来た。そして多くの青年が迷う如く私もこの問題に迷うた。特に数学に入るか哲学に入るかは、私には決し難い問題であった。尊敬していた或先生からは、数学に入るように勧められた。哲学には論理的能力のみならず、・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ 西洋の詩人や文学者に、あれほど広く大きな影響をあたへたニイチェが、日本ではただ一人、それも死前の僅かな時期に於ける一小説家だけに影響をあたへたといふことは、まことに特殊な不思議の現象と言はねばならない。そのくせニイチェの名前だけは、日・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ そんな自棄を云うもんじゃないよ。それよりも、おとなしく『合意雇止め』にしてやるから、ボーレンで一ヵ月も休んで、傷を癒してから後の事は、又俺でも世話をしてやるからな。お前見たいな風に出ちゃ損だよ。長いものには巻かれろってことがあるだろう。な・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・が、壊われなかったので、此の世の中でも踏みつぶす気になって、自棄に踏みつけた。 彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。 ――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・成功の時機正に熟するものなり。一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 言語を慎みて多くす可らず・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・会を見れば世間一般の気風兎角落付かず、恰も物に狂する如くにして、真面目に女学論など唱うるも耳を傾けて静に之を聞くもの有りや無しや甚だ覚束なき有様なるにぞ、只これを心に蓄うるのみにして容易に発せず、以て時機の到来を待ちたりしに、爾来世運の進歩・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰らるべし一 富継健三の所得金は柳子殿に於て保管あるべし一 柳子殿は時機を見て再婚然るべし 一時の感・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・人生は無意味だとは感じながらも、俺のやってる事は偽だ、何か光明の来る時期がありそうだとも思う。要するに無茶さ。だから悪い事をしては苦悶する。……為は為ても極端にまでやる事も出来ずに迷ってる。 そこでかれこれする間に、ごく下等な女に出会っ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫