・・・桂三郎は実子より以上にも、兄たち夫婦に愛せられていた。兄には多少の不満もあったが、それは親の愛情から出た温かい深い配慮から出たものであった。義姉はというと、彼女は口を極めて桂三郎を賞めていた。で、また彼女の称讃に値いするだけのいい素質を彼が・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・――否、もし皇太子殿下が皇后陛下の御実子であったなら、陛下は御考があったかも知れぬ。皇后陛下は実に聡明恐れ入った御方である。「浅しとてせけばあふるゝ川水の心や民の心なるらむ」。陛下の御歌は実に為政者の金誡である。「浅しとてせけばあふるゝ」せ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・彼らは三吉らより五つ六つ年輩でもあり、土地の顔役でもあって、普通選挙法実施の見透しがいよいよ明らかになると、露骨に彼ら流儀の「議会主義」へとすすんでいた。「竹びしゃくなんかつくらんでも、わしが工場ではたらくがええ」 高坂がそういって・・・ 徳永直 「白い道」
・・・その形式が未来の実施上参考にならんとは限らんけれども本来から云えばどうしてもこれが原則でなければならない。しかるに今この順序主客を逆まにしてあらかじめ一種の形式を事実より前に備えておいて、その形式から我々の生活を割出そうとするならば、ある場・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・尤も自分で書いて自分で雑誌を出す道楽な文士は多少増かも知れないが、それは実施の上になって見なければ分らない。 余は以上の如く根本において文芸院の設置に反対を唱うるものであるが、もし保護金の使用法について、幸いにも文芸委員がこの公平なる手・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・また老人が長々病気のとき、其看病に実の子女と養子嫁と孰れかと言えば、骨肉の実子に勝る者はなかる可し。即ち親子の真面目を現わす所にして、其間に心置なく遠慮なきが故なり。其遠慮なきは即ち親愛の情の濃なるが故なり。其愛情は不言の間に存して天下の親・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これを要するに、近年の西洋は、すでに学理研究の時代を経過して、方今は学理実施の時代といいて可ならんか。これを形容していえば、軍人が兵学校を卒業して正に戦場に向いたる者の如し。 これに反して我が日本の学芸は、十数年来大いに進歩したりという・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・世道人心の革命とも見る可きものなるに、其民法の草案は発布前より早く流布して広く世人の目に触れたるにも拘わらず、其規定に対して曾て異論を唱うるものなきのみか、十二議会にはいよ/\之を議決して昨年七月より実施せらるゝことゝは為りぬ。先生は此有様・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ただ諸氏に向って然るのみならず、現在、余が実子等へ警しむるところも、この旨より外ならず。 余をもって今の第二世の後進生を見れば、余が三十余年前に異なり、社会の事物はすでに文明開進の方向を定めて変化あるべからず。時勢の方向に変化なければ、・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ 開国以来、我が日本人は西洋諸国の学を勉め、またこれを聞伝えて、ようやく自主独立の何ものたるを知りたれども、未だこれを実際に施すを得ず、またその実施を目撃したることもなかりしに、十五年前、維新の革命あり。この革命は諸藩士族の手に成りしも・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫