・・・その光に透かして見れば、これは頭部銃創のために、突撃の最中発狂したらしい、堀尾一等卒その人だった。 二 間牒 明治三十八年三月五日の午前、当時全勝集に駐屯していた、A騎兵旅団の参謀は、薄暗い司令部の一室に、二人の支那・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・坦々砥の如き何間幅の大通路を行く時も二葉亭は木の根岩角の凸凹した羊腸折や、刃を仰向けたような山の背を縦走する危険を聯想せずにはいられなかった。日常家庭生活においても二葉亭の家庭は実の親子夫婦の水不入で、シカモ皆好人物揃いであったから面倒臭い・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ それから人を遣って調べさせて見ると相手の女学生はおおよそ一時間程前に、頸の銃創から出血して死んだものらしかった。それから二本の白樺の木の下の、寂しい所に、物を言わぬ証拠人として拳銃が二つ棄ててあるのを見出した。拳銃は二つ共、込めただけ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・大腿の貫通銃創だ。「看護長殿、大西、なんぼ貰えます?」「踵を一寸やられた位で呉れるもんか。」「貰わにゃ引き合いません。」 負傷者は、それ/″\、自分が何項症に属するか、看護長に訊ねるのであった。何項症であるか、それによって恩・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ それから人を遣って調べさせて見ると、相手の女学生はおおよそ一時間前に、頸の銃創から出血して死んだものらしかった。それから二本の白樺の木の下の、寂しい所に、物を言わぬ証拠人として拳銃が二つ棄ててあるのを見出した。拳銃は二つ共、込めただけ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・もっとも同じくヤニングスのものであっても相手役にディートリヒとかアンナ・ステンとかがいる場合は必ずしもそうはならないようであるが、この現在の場合における助演者はこのように主演者と対立して二重奏を演ずるためにはあまりに影が薄いようである。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・日常人事の交渉にくたびれ果てた人は、暇があったら、むしろ一刻でも人寰を離れて、アルプスの尾根でも縦走するか、それとも山の湯に浸って少時の閑寂を味わいたくなるのが自然であろう。心がにぎやかでいっぱいに充実している人には、せせこましくごみごみと・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・電車で街を縦走して、とある辻から山腹の方へ広い坂道を上がって行くと、行き止まりに新築の大神宮の社がある。子守が遊んでいる。港内の眺めが美しい。この山の頂上へ登られたら更に一層の眺めであろうと思うが地図を見ても頂上への道がない。なるほどここは・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・それが夢の中で高知の播磨屋橋を呼び出し、また飛行機の構造か何かが二重層の文化街を暗示したのではないかと思われる。後の場面に現われた土佐の山脈もまたここに縁を引いているかもしれない。「みどりや」という宿屋には覚えがない。しかしやはり前日家・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ 時津から早岐まで、哀れげな小蒸気船に乗っての大村湾縦走はただうすら寒い佗しい物憂さの単調なる連続としてしか記憶に残っていない。佐世保もただ殺風景な新開町であった。有田については陶器よりも別な珍奇なものが頭の中のスケッチブックに記録され・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
出典:青空文庫