・・・如何に彼は、この記憶の中に出没するあらゆる放埓の生活を、思い切って受用した事であろう。そうしてまた、如何に彼は、その放埓の生活の中に、復讐の挙を全然忘却した駘蕩たる瞬間を、味った事であろう。彼は己を欺いて、この事実を否定するには、余りに正直・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・今の所ではまだまだ供給が需要に充たない恨みがある。しかしながら同時に一面には労働運動を純粋に労働者の生活と感情とに基づく純一なものにしようとする気勢が揚りつつあるのもまた疑うべからざる事実である。人はあるいはいうかもしれない。その気勢とても・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、おきんは芸者上りのヤトナ数人と連絡をとり、派出させて仲介の分をはねると相当な儲けになり、今では電話の一本も・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいたかわりに、僕の心はヲーズヲース一巻より高遠にして清新なる詩想を受用しうることができなかっただろうと信ずる。 僕は野山を駆け暮らして、わが幸福なる七年を送った。叔父の家は丘のふもとにあり、近郊には樹林・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・しかしながらジャーナリズムはまた需要にこたえるものでもある。読書子の書物への期待が深く、高いならば、そのような書物についにはあうことができるであろう。 四 書物無き世界 人間教養の最後は、しかしながら、書物によるもの・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 他人の生と労作との成果をただ受容してすまそうとするのは怠惰な態度である。というのは生と労作は危険を賭し、血肉を削ってしかなされないものであって、一冊のすぐれた著書を世に贈り得ることは容易ではないからである。 過度の書物依頼主義にむ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・物に拘泥しない、思索ということをしない、純血な人間に出来るだけの受用をする。いつも何か事あれかしと、居合腰をしているのである。 それだから金のいること夥だしい。定額では所詮足らない。尼寺のおばさん達が、表面に口小言を言って、内心に驚歎し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ そうかと言って陶器の需要のない所には陶土の要求もあるはずはないのは言うまでもないことである。 しかし、そういう理屈はいっさい抜きにして、あの陶工の両手の間で死んだ土塊が真に生き物のように生長して行く光景を見ている瞬間には、どうして・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そういう品物がどういう種類の需要者によって、どういう目的のために要求されているかという事を聞きただしてみたいような気がした。何故もう少し、しっかりした、役に立つものを作らないのか要求しないのか。 この最後の疑問はしかしおそらく現在の我国・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・ もしも需要者のほうで粗製品を相手にしなければ、そんなものは自然に影を隠してしまうだろう。そしてごまかしでないほんものが取って代わるに相違ない。 構造物の材料や構造物に対する検査の方法が完成していれば、たちの悪い請負師でも手を抜くす・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫