・・・丹羽文雄氏にもいくらか海千山千があるが、しかし丹羽氏の方が純情なだけに感じがいい。僕は昔から太宰治と坂口安吾氏に期待しているが、太宰氏がそろそろ大人になりかけているのを、大いにおそれる。坂口氏が「白痴」を書かない前から、僕は会う人ごとに、新・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・しかし彼の態度や調子は、いかにも明るくて、軽快で、そしてまた芸術家らしい純情さが溢れていたので、少なくとも私だけには、不調和な感じを与えなかった。「大出来だ! 彼かならずしも鈍骨と言うべからず……」私もつい彼の調子につりこまれてこう思わず心・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ ことに私の上来のいましめはイデアリストに現実的心得を説くよりも、むしろリアリストに理想的純情を鼓吹することをもって主眼としてきたものだけに、現実生活においてなるべく傷を受けないように損をしないようにという忠告は乏しいのだ。実際イデアリ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 二十三歳で一高を退き、病いを養いつつ、海から、山へ、郷里へと転地したり入院したりしつつ、私は殉情と思索との月日を送った。そして二十七歳のときあの作を書いた。 私の青春の悩みと憧憬と宗教的情操とがいっぱいにあの中に盛られている。うる・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・世の多くの人たちがあれを好くのは、自分たちが世間にもまれて失っている純情をあの作を読むと回復するような気がするからではあるまいか。ところが私の精進はまたあべこべで世間と現実とを知っていくところにあった。そして『恥以上』という戯曲にまでそれが・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・困難な現実の中でどこまで精神の高貴と恋愛の純情とをつらぬきうるかというところに、人間としての戦い、生命の宝を大事にするための課題があるのである。環境にエキスキュースを求めるのはややもすれば、精神的虚弱者のことであるのを忘れてはならぬ。恋愛は・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ジッドは『狭き門』を読んだ切りで、純情な青年の恋物語であり、シンセリティの尊さを感じたくらいで、……とにかく、浅学菲才の僕であります。これで失礼申します。私は、とんでもない無礼をいたしました。私の身のほどを、只今、はっと知りました。候文なら・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・こんな安価な殉情的な事柄に涕を流したのが少し恥かしかったのだ。 電車から降りるとき兄は笑うた。「莫迦にしょげてるな。おい、元気を出せよ」 そうして竜の小さな肩を扇子でポンと叩いた。夕闇のなかでその扇子が恐ろしいほど白っぽかった。・・・ 太宰治 「葉」
・・・しかし、田舎者の純情は、昔も今も同じです。数枝さん、昔の事を思い出して下さい。私とあなたは、もうとうの昔から結ばれていたのです。どうしても一緒になるべき間柄だったのです。数枝さん、思い出して下さい。さすがに私もいままで、この事だけは恥かしく・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・二・二六秘史についても、あの事件が日本の侵略戦争遂行のための暴動であったいきさつにはふれないで、青年将校の純情さの一面を浮び出させている。そして、「兵は、共産主義者の反乱鎮圧のために配備されているのだと信じこんでいた」というようなことも平然・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫