・・・九十度近い暑い日が脳天からじりじりと照りつけた。四時過ぎに、敵味方の歩兵はともに接近した。小銃の音が豆を煎るように聞こえる。時々シュッシュッと耳のそばを掠めていく。列の中であっと言ったものがある。はッと思って見ると、血がだらだらと暑い夕日に・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・蛇が虎のからだにじりじりと巻きつく速度が意外にのろい、それだけに無気味さが深刻である。蛇が蛇自身の目では見渡せないあの長いからだを、うまく舵を取って順序よく巻きついて行く手ぎわは見ものである。虎のほうでも徐々に胴のまわりに巻きつくのを、どう・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・そうして凡庸な探偵はいつも見当ちがいの所へばかり目をつけて、肝心な罪人を取り逃がしている、その間に名探偵は、いろいろなデマやカムフラージに迷わされず、確実な実証の連鎖をじりじりとたぐって、運命の神自身のように一歩一歩目的に迫進するのである。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 翌朝港内をこめていた霧が上がると秋晴れの日がじりじりと照りつけた。電車で街を縦走して、とある辻から山腹の方へ広い坂道を上がって行くと、行き止まりに新築の大神宮の社がある。子守が遊んでいる。港内の眺めが美しい。この山の頂上へ登られたら更・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちるとすぐ蓋をする。彼らは国家のためにするつもりかも知れぬが、天の眼からは正しく謀殺――謀殺だ。それに公開の裁判でもすることか、風紀を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・文造はじりじり日に照りつけられながら、時節でもない畑をうなった。太十には西瓜畑が見ることさえ堪えられなかった。彼は物狂おしくなった。彼は鎌をぶつりと番小屋の屋根へ打ち込んだ。薄い屋根を透して鎌の刃先は牙の如く光った。彼は蚊帳へもぐってごろり・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・皿の上のテジマアはじりじりと顔をそっちへ寄せて行きます。若ばけものは又五つばかりつづけてまばたきをして、とうとうたまらなくなったと見えて、両手で眼を覆いました。皿の上のテジマアは落ちついてにゅうと顔を差し出しました。若ばけものは、がたりと椅・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥きりに寝台に縛られていると何か落付かない焦燥が、衰弱しない脊髄の辺からじりじりと滲み出して来るような状態にあった。 手伝の婆に此と云う落度があったのではなかった。只、ふだんから彼女の声は・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 章子は、獅々舞いが子供を嚇すように胸を拳でたたきたたき笑いこけている小婢の方へじりじりよって行った。「怖わァ」「阿呆かいな」 階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下していた。が、暫くそ・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・三人が三方からじりじりと詰め寄った。 縄をほどかれて、しょんぼり立っていた虎蔵が、ひょいと物をねらう獣のように体を前屈にしたかと思うと、突然りよに飛び掛かって、押し倒して逃げようとした。 その時りよは一歩下がって、柄を握っていた短刀・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫