・・・それの「立体化ということは、ある意味においては、全人性の獲得ということとも通ずるのではないか」「雲の会」という名も、おそらくは、ギリシァ喜劇「雲」への連想に由来しているのだろう。 こんにちの日本の社会では、現代人の発想として、さまざまの・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・ 館のあるお花畠からは、山崎はすぐ向うになっているので、光尚が館を出るとき、阿部の屋敷の方角に人声物音がするのが聞こえた。「今討ち入ったな」と言って、光尚は駕籠に乗った。 駕籠がようよう一町ばかりいったとき、注進があった。竹内数・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・まさかお父う様だって、草昧の世に一国民の造った神話を、そのまま歴史だと信じてはいられまいが、うかと神話が歴史でないと云うことを言明しては、人生の重大な物の一角が崩れ始めて、船底の穴から水の這入るように物質的思想が這入って来て、船を沈没させず・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 僕はどうしようかと思って、暫く立ち竦んでいたが、右の方の唐紙が明いている、その先きに人声がするので、その方へ行って見た。そこは十四畳ばかりの座敷で、南側は古風に刈り込んだ松の木があったり、雪見燈籠があったり、泉水があったりする庭を見晴・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・た光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の乱れを捌き下る、間断のない注意力で鮎を漁る熟練のさ中で、ふと私は流れる人生の火を見た思いになり遠く行き過ぎてし・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・で、彼は軒で薪を割りながら暇々に家の中の人声に気をつけた。 よく肥えた秋三の母のお留は古着物を背負って、村々を廻って帰って来た。「今日は馬が狸橋から落ちよってさ。」 彼女は人の見えない内庭へ這入って大声でそう云うと、荷を縁に下ろ・・・ 横光利一 「南北」
・・・そしてあの世棄人も、遠い、微かな夢のように、人世とか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。しかしそれはあの男のためには、疾くに一切折伏し去った物に過ぎぬ。 暴風が起って、海が荒れて、波濤があの小家を撃ち、庭の木々が軋め・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そしてあの世棄人も、遠い、微かな夢のように、人世とか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。しかしそれはあの男のためには、疾くに一切折伏し去った物に過ぎぬ。 暴風が起って、海が荒れて、波濤があの小家を撃ち、庭の木々が軋め・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・彼らは、全体、人生が偉大である必要を認めないのです。 私は正直に悩む人に対しては同胞らしい愛を感じます。現世の濁った空気の中に何の不満もなさそうに栄えている凡庸人に対しては、烈しい憎悪を感じます。安価な楽天主義は人生を毒する。魂の饑餓と・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・予はそれをつかむとともに豊富な人性の内によみがえった。―― そこに危機があった。そうして突破があった。この体験から予の警告は生まれたのである。五 予は道義を説く。愛を説く。ある人はそれを陳腐と呼ぶだろう。しかし予は陳腐な・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫