・・・度々危い人命を救った、勇ましい一匹の黒犬のあるのを。また一時『義犬』と云う活動写真の流行したことを。あの黒犬こそ白だったのです。しかしまだ不幸にも御存じのない方があれば、どうか下に引用した新聞の記事を読んで下さい。 東京日日新聞。昨十八・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・小指を見せたらどうであろう、銀座の通で手を挙げれば、鉄道馬車が停るではなかろうか、も一つその上に笛を添えて、片手をあげて吹鳴らす事になりますと、停車場を汽車が出ますよ、使い処、用い処に因っては、これが人命にも関われば、喜怒哀楽の情も動かしま・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・城の雨 白蝶魂は寒し秋塚の風 死々生々業滅し難し 心々念々恨何ぞ窮まらん 憐れむべし房総佳山水 渾て魔雲障霧の中に落つ 伏姫念珠一串水晶明らか 西天を拝し罷んで何ぞ限らんの情 只道下佳人命偏に薄しと 寧ろ知らん毒婦恨平らぎ難・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・連載物など、前に掲載した分を読み返すか、主要人物の姓名の控えを取って置けば間違いはないのに、それをしないものだから、平気で人名を変えたりしている。それに驚くべきことだが、字引を引いたことがないという。第一字引というものを持っていない。引くの・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・という人名が出て来ますが、これは読者が佐伯は作者であるなど思われると困りますので、「オダ」が出て来るのです。「聴雨」でもこの小説でも、作風は語り物の形式を離れて、分析的になっていることはお気づきのことと思いますが、もともと僕はそういう作・・・ 織田作之助 「吉岡芳兼様へ」
ずっと前の事であるが、或人から気味合の妙な談を聞いたことがある。そしてその話を今だに忘れていないが、人名や地名は今は既に林間の焚火の煙のように、何処か知らぬところに逸し去っている。 話をしてくれた人の友達に某甲という男があった。そ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・廷珸も人命沙汰になったので土地にはいられないから、出発して跡を杭州にくらました。周丹泉の造った模品はこれで土に返った訳である。 談はもうこれで沢山であるのに、まだ続くから罪が深い。廷珸が前に定窯の鼎類数種を蒐めた中に、なお唐氏旧蔵の定鼎・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・もしわたくしの手もとに、東西の歴史と人名辞書とをあらしめたならば、わたくしは、古来の刑台が恥辱・罪悪にともなったいくたの事実とともにさらに刑台が光栄・名誉にともなった無数の例証をもあげうるであろう。 スペインに宗教裁判がもうけられていた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・には実に盗賊あり殺人あり放火あり乱臣賊子あると同時に、賢哲あり忠臣あり学者あり詩人あり愛国者・改革者もあるのである、是れ唯だ目下の私が心に浮み出る儘に其二三を挙げたのである、若し私の手許に東西の歴史と人名辞書とを有らしめたならば、私は古来の・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・の附近とで十四万人の市民を殺した大地震と、十七年前、サンフランシスコの震火で二十八町四方を焼いたのと、この二つですが、こんどの地震は、ゆれ方だけは以上二つの場合にくらべると、ずっとかるかったのですが、人命以外の損害のひどかった点では、まるで・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫