・・・もし喉の渇いた時には水筒のウイスキイを傾ければ好い。幸いまだポケットにはチョコレエトの棒も残っている。 聴き給え、高い木木の梢に何か寝鳥の騒いでいるのを。鳥は今度の大地震にも困ると云うことを知らないであろう。しかし我我人間は衣食住の便宜・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕はかねて用意の水筒を持って、「民さん、僕は水を汲んで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 兵卒は、初年兵の時、財布に持っている金額と、金銭出納簿の帳尻とが合っているかどうか、寝台の前に立たせられて、班の上等兵から調べられた経験を持っていた。金額と帳尻とが合っていないと、胸ぐらを掴まれ、ゆすぶられ、油を搾られた。誰れかゞ金を・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 食うものはなくなった。水筒の水は凍ってしまった。 銃も、靴も、そして身体も重かった。兵士は、雪の上を倒れそうになりながら、あてもなく、ふらふら歩いた。彼等は自分の死を自覚した。恐らく橇を持って助けに来る者はないだろう。 どうし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 数日後に、その青年は、水筒にお酒をつめて持って来た。 私は飲んでみて、「うまい。」 と言った。 清酒と同様に綺麗に澄んでいて、清酒よりも更に濃い琥珀色で、アルコール度もかなり強いように思われた。「優秀でしょう?」・・・ 太宰治 「母」
・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・極度の場合においては、国庫の出納を毫も増減せずして、実際の事は挙行すべし。 その法、他なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学校に給したる定額を省くべきは当然の算数にして、この定額金は必ず大蔵省に帰す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・金穀の会計より掃除・取次にいたるまで、生徒、読書のかたわらにこれを勤め、教授の権も出納の権も、読書社中の一手にこれをとるがゆえに、社中おのおの自家の思をなし、おのおの自からその裨益を謀て、会計に心を用うること深切なり。その得、二なり。一・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・金銀の出納は毎区の年寄にてこれを司り、その総括をなす者は総年寄にて、一切官員のかかわるところにあらず。 前条の如く、毎半年各戸に一歩の金を出ださしむるは官の命なれども、この金を用るにいたりては、その権まったく年寄の手にあり。この法はウェ・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・一 尚お成長すれば文字を教え針持つ術を習わし、次第に進めば手紙の文句、算露盤の一通りを授けて、日常の衣服を仕立て家計の出納を帳簿に記して勘定の出来るまでは随分易きことに非ず。父母の心して教う可き所なり。又台所の世帯万端、固より女子の知る・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫