・・・そして、其れを救うものは、真に新しく、其の人の出るのを待つにあるばかりです。そしてかゝる芸術家は、眼前の社会に対して、最も真実であり、人間的愛を感ずる人道主義の高唱者に他ならないと私は感ずるものであります。・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで房々と垂れるより仕方がない。そう思案した私は、実をいえば中学生の頃から髪の毛を伸ばしたかったのである。 しかし中学生の分際で髪の毛を伸ばすのは、口髭を生やすよりも困難であった。それ故私は高等学校・・・ 織田作之助 「髪」
・・・それは神の偉大を以てしても救うことが出来ないから……」斯うまた、彼等のうちの一人の、露西亜文学通が云った。 また、つい半月程前のことであった。彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・げに偽りという鳥の巣くうべき枝ほど怪しきはあらず、美わしき花咲きてその実は塊なり。 二郎が家に立ち寄らばやと、靖国社の前にて車と別れ、庭に入りぬ。車を下りし時は霧雨やみて珍しくも西の空少しく雲ほころび蒼空の一線なお落日の余光をのこせり。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・われらみな十蔵二郎を救うことぞと思い、十蔵早くせよと叫び、戸口をきっと見て二人の姿の飛び出ずるをまちぬ。瓦降り壁落つ。われらみな樫の老木を楯にしてその陰にうずくまりぬ。四辺の家々より起こる叫び声、泣き声、遠かたに響く騒然たる物音、げにまれな・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・』と掬うようにして僕を起こした。僕はそのまま小藪のなかに飛び込んだ。そして叔父さんも続いて飛び込んだ。『打ったな!』と叔父さんは鹿を一目見て叫んだ。そして何とも形容のしようのない妙な笑いを目元に浮かべて僕に抱きついた。そして目のうちには・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ それ故に王法を安泰にし、民衆を救うの道は仏法を正しくするをもって根本としなければならぬ。 しからばいかなるが仏の正法であるか。 日蓮によれば、それは法華経をもって正宗としなければならぬ。 なぜなれば、法華経は了義経であって・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・あらかじめロープをもって銘の身をつないで、一人が落ちても他が踏止まり、そして個の危険を救うようにしてあったのでありますけれども、何せ絶壁の処で落ちかかったのですから堪りません、二人に負けて第三番目も落ちて行く。それからフランシス・ダグラス卿・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 浪曼的完成もしくは、浪曼的秩序という概念は、私たちを救う。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理していちいちこれの排除に努力しているうちに日が暮れてしまった。ギリシャをあこがれてはならない。これはもう、はっきりこの世に二度と来ない・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の創も死ななくては癒えません。それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫