・・・……修善寺は竹が名物だろうか、そういえば、随分立派なのがすくすくある。路ばたでも竹の子のずらりと明るく行列をした処を見掛けるが、ふんだんらしい、誰も折りそうな様子も見えない。若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩にまで聞かされた――確に・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・いま頭巾を脱いだる四角な額に、白髪長くすくすくとして面凄画家 (薄色の中折帽、うすき外套を着たり。細面にして清く痩す。半ば眠れるがごとき目ざし、通りたる鼻下に白き毛の少し交りたる髭をきれいに揃えて短く摘む。おもての色やや沈み、温和にして・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・母も夜時々眼をさましてみると、民子はいつでも、すくすく泣いている声がしていたというので、今度は母が非常に立腹して、お増と民子と二人呼んで母が顫声になって云うには、「相対では私がどんな我儘なことを云うかも知れないからお増は聞人になってくれ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・しばらく経ってそこを通ってみると、麦が、きょうのように、すくすくしていた。けれども、その麦は、それ以上育たなかった。ことしも、兵隊さんの馬の桶からこぼれて生えて、ひょろひょろ育ったこの麦は、この森はこんなに暗く、全く日が当らないものだから、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・鼻の下にすくすく生えた短い胡麻塩髭や、泡のたまった口が汚らしく見えた。「忰は水練じゃ、褒状を貰ってましたからね。何でも三月からなくちゃ卒業の出来ねえところを、宅の忰はたった二週間で立派にやっちまった。それで免状をもらって、連隊へ帰って来・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ 烏の大尉は列からはなれて、ぴかぴかする雪の上を、足をすくすく延ばしてまっすぐに走って大監督の前に行きました。「報告、きょうあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊を認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫