・・・いわば、自分で独り角力を取っていたので、実際毀誉褒貶以外に超然として、唯だ或る点に目を着けて苦労をしていたのである。というのは、文学に対する尊敬の念が強かったので、例えばツルゲーネフが其の作をする時の心持は、非常に神聖なものであるから、これ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょいと大使館書記官くらいな体裁にはなってしまう。「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュル・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・己の喜だの悲だのというものは、本当の喜や悲でなくって、謂わば未来の人生の影を取り越して写したものか、さもなくば本当に味のある万有のうつろな図のようなものであって、己はつまり影と相撲を取っていたので、己の慾という慾は何の味をも知らずに夢の中に・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ベースボールはもと亜米利加合衆国の国技とも称すべきものにしてその遊技の国民一般に賞翫せらるるはあたかも我邦の相撲、西班牙の闘牛などにも類せりとか聞きぬ。(米人のわれに負けたるをくやしがりて幾度も仕合を挑むはほとんど国辱この技の我邦に伝わりし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 子供らは網の上ですべったり、相撲をとったり、ぶらんこをやったり、それはそれはにぎやかです。おまけにある日とんぼが来て今度蜘蛛を虫けら会の相談役にするというみんなの決議をつたえました。 ある日夫婦のくもは、葉のかげにかくれてお茶をの・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・煩いのない静かなところに旅行して暫く落ちついてみたい――こんな慾望を持っていますが、さて容易いようで実行できないものですね。住いですか? これには面白い話しがありますのよ。今いる家は静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあっ・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・けれども、青年団員という文明的な名を持つ名誉上、けんかはすまい話し合が出来た。 そして、むつまじく飲んでいるうちに、何だか戸外が騒々しくなって来た。日が沈むと、村の往還は人通りも絶える。広く、寒く、わびしい暗やみの一町毎にぼんやり燈る十・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。 チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・葭簀ばりの入口に、台があって、角力の出方のように派手なたっつけ袴、大紋つきの男が、サーいらっしゃい! いらっしゃい! 当方は名代の三段がえし、旅順口はステッセル将軍と乃木大将と会見の場、サア只今! 只今! せり上り活人形大喝采一の谷はふたば・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 貸家住いと云うことを知らず、家のないなどと云うことが、いつ当面の困難となるか思いもしなかった自分は、憤ろしいほど苦痛を受けた。 一家の中で、他の誰も同様の熱心を示して呉れず、二人きりで焦慮し、新らしい生活の準備をしようとする心持は・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫