・・・もっとも発作さえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………「若槻はまたこうもいうんだ。何でも相手の浪花節語りは、始末に終えない乱暴者だそうです。前に馴染だった鳥屋の女中に、男か何か出来た時には、その女中と立ち廻りの喧嘩をした上、・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・半三郎もそのために格別非難を招かずにすんだ。いや、非難どころではない。上役や同僚は未亡人常子にいずれも深い同情を表した。 同仁病院長山井博士の診断に従えば、半三郎の死因は脳溢血である。が、半三郎自身は不幸にも脳溢血とは思っていない。第一・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「沸すんですよ……ただの水を。」「ただの水はよかった、成程。」「でも、温泉といった方が景気がいいからですわ。そしてね、おじさん、いまの、あれ、狢の湯っていうんですよ。」「狢の湯?……」 と同伴の顔を見た時は、もうその市場・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「まア、それで、あたい気がすんだ、わ」 吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。「全体、まア」と、はじめから怪幻な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで?」「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 新聞記事などに拠って見ると、夏目さんは自分の気に食わぬ人には玄関払いをしたりまた会っても用件がすめば「もう用がすんだから帰り給え」ぐらいにいうような人らしく出ているが、私は決してそうは思わない。私が夏目さんに会ったのは、『猫』が出てか・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
川の中に、魚がすんでいました。 春になると、いろいろの花が川のほとりに咲きました。木が、枝を川の上に拡げていましたから、こずえに咲いた、真紅な花や、またうす紅の花は、その美しい姿を水の面に映したのであります。 なんのたのしみも・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・ そして、笛の穴をのぞきながら、「この穴の中に、なにか小さな魔物でもすんでいるのではないか?」と思いました。 このとき、海の方から、ため息をつくように、軽いあたたかな風が、吹いてきました。「ほんとうに、不思議な笛だ。」 二郎・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・玉子はあと片づけがすんでも帰らぬと思っていると、そのままずるずるにいついてしまって、私たちの新しい母親になりました。 玉子は浜子と同じように、私や新次を八幡筋の夜店へ連れて行ってくれたので、何にも知らぬ新次は玉子が来たことを喜んでいたよ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・あの火のついたような声を聴いていると、しぜんに心がすんでくると言い言いしていたが、そんなむずかしいことは知らず、登勢は泣声が耳にはいると、ただわけもなく惹きつけられて、ちょうどあの黙々とした無心に身体を焦がしつづけている螢の火にじっと見入っ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・「すんだら一杯飲もうか」と言って娘に仕度をさせた。「まだ出るころじゃないのか?」と、弟の細君のお産のことを訊いた。「もうとっくに時が来てるんでしょうから、この間から今日か今日かと待ってるようなわけで、今晩にもどうかというわけなん・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫