・・・それからお経が始まり、さらに式場が本堂前に移されて引導を渡され、焼香がすんですぐ裏の墓地まで、私の娘たちは造花など持たされて形ばかしの行列をつくり、そこの先祖の墓石の下に埋められた。お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・というものがどんなものであったか吉田はいつも咳のすんだあと妙な気持がするのだった。吉田は何かきっとそれは自分の寐つく前に読んだ小説かなにかのなかにあったことにちがいないと思うのだったがそれが思い出せなかった。また吉田は「自己の残像」というよ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・それに続いた桑畑が、晩秋蚕もすんでしまったいま、もう霜に打たれるばかりの葉を残して日に照らされていた。雑木と枯茅でおおわれた大きな山腹がその桑畑へ傾斜して来ていた。山裾に沿って細い路がついていた。その路はしばらくすると暗い杉林のなかへは入っ・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・『六番さんのお浴湯がすんだら七番のお客さんをご案内申しな!』 膝の猫がびっくりして飛び下りた。『ばか! 貴様に言ったのじゃないわ。』 猫はあわてて厨房の方へ駆けていってしまった。柱時計がゆるやかに八時を打った。『お婆さん・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・一つの行為をなすまいと思えば為さずにすんだのに、為したという意味である。しかし反省すればこれは不思議なことである。意志決定の際、われわれはさまざまの動機の中から一つの動機を選択してこれを目標としたのだ。しかしこの際それらの動機がそれぞれの強・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・と、源作は、一寸冷笑を浮べて、むしむしした調子で、「己等一代はもうすんだようなもんじゃが、あれは、まだこれからじゃ。少々の銭を残してやるよりや、教育をつけてやっとく方が、どんだけ為めになるやら分らせん。村の奴等が、どう云おうがかもうたこっち・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・それから目は、ま昼の空のようにまっ青にすんでいました。 女の子は、にこにこしながら、男の子をさそって、お家の牛を見せてくれました。それは、ひたいに白い星のある、黒い小牛でした。男の子はじぶんのお家の、四つ足の白い、栗の皮のような赤い色の・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・むすんであげましょう。ほんとうに、いつまでも、いつまでも、世話を焼かせて。……奥さんに、よろしくね。 ――うん。機会があれば、ね。」 次男は、ふっと口をつぐんだ。そうして、けッと自嘲した。二十四歳にしては、流石に着想が大人びている。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 酒屋の段は、こんな事を感心しているうちにすんでしまった。次には松王丸の首実検である。最初に登場する寺子屋の寺子らははなはだ無邪気でグロテスクなお化けたちであるが、この悲劇への序曲として後にきたるべきもののコントラストとしての存在である・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・十分やって行けるようにするからと云うんで、世帯道具や何や彼や大将の方から悉皆持ち込んで、漸くまあ婚礼がすんだ。秋山さんは間もなく中尉になる、大尉になる。出来もしたろうが、大将のお引立もあったんでさ。 そこへ戦争がおっ始まった。×××の方・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫