・・・の治世に儒教大いに興りたれども、支那の流儀にして内行の正邪は深く咎めざるのみならず、文化文政の頃に至りては治世の極度、儒もまた浮文に流れて洒落放胆を事とし、殊に三都の如きはその最も甚だしきものにして、儒者文人の叢淵即ち不品行家の巣窟とも名づ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・我が国において、鬼神幽冥の妄説は、多くは仏者の預るところとなりて、もっぱら社会に流行したることなれども、三百年来、儒者の道、ようやく盛にして、仏者に抗し、これに抗するの余りに、しきりに幽冥の説を駁して、ついには自家固有の陰陽五行論をも喋々す・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが、その鳥居の奥下手に、三人ずつ左右二側に居並んでいる従者がある。 同じ人物でありながら、この三人ずつの一組は、鳥居の外から中央に至り、さては上手・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ ―――――――――――― 閭は衣服を改め輿に乗って、台州の官舍を出た。従者が数十人ある。 時は冬の初めで、霜が少し降っている。椒江の支流で、始豊渓という川の左岸を迂回しつつ北へ進んで行く。初め陰っていた空がようよう・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・「誰やらん見知らぬ武士が、ただ一人従者をもつれず、この家に申すことあるとて来ておじゃる。いかに呼び入れ候うか」「武士とや。打揃は」「道服に一腰ざし。むくつけい暴男で……戦争を経つろう疵を負うて……」「聞くも忌まわしい。この最・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・王侯や富者の家族においても、従者や奴隷の家族においても、その点は同じであった。 フロベニウスはそこに教養の均斉を見いだした。上下がこれほどそろって教養を持っているということは、北方の文明人の国にはどこにもない。 が、この最後の「幸福・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫