・・・建築や演劇でも、いずれもかなりな灰色の昔にまでその発達の径路をさかのぼる事ができるであろう。マグダレニアンの壁画とシャバンヌの壁画の間の距離はいかに大きくとも、それはただ一筋の道を長くたどって来た旅路の果ての必然の到達点であるとも言われなく・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・さらにまたこの海峡の西側に比べると東側の山脈の脊梁は明らかに百メートルほどを沈下し、その上に、南のほうに数百メートルもずれ動いたものである事がわかる。もっともこの断層の生成、これに伴なう沈下や滑動の起こった時代は、おそらく非常に古い地質時代・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・しかしいずれも凡作見るに堪えざる事を知って、稿半にして筆を投じた反古に過ぎない。この反古を取出して今更漉返しの草稿をつくるはわたしの甚忍びない所である。さりとて旧友の好意を無にするは更に一層忍びがたしとする所である。 窮余の一策は辛うじ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 小学校の教師は、官の命をもって職に任ずれども、給料は町年寄の手より出ずるがゆえに、その実は官員にあらず、市井に属する者なり。給料は、区の大小、生徒の多寡によりて一様ならず。多き者は一月金十二、三両、少き者は三、四両。官員にて中小学校に・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ 五人は林のすその藪の間を行ったり岩かけの小さくくずれる所を何べんも通ったりして、もう上の野原の入り口に近くなりました。 みんなはそこまで来ると来たほうからまた西のほうをながめました。 光ったりかげったり幾通りにも重なったたくさ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・みんながばたばた防いでいたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたようになった。しゅっこはよろこんで、いよいよ水をはねとばした。するとみんなは、ぼちゃんぼちゃんと一度に水にすべって落ちた。しゅっこは、それを片っぱしからつか・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・を処理してゆく社会の中で、女に求められた女らしさ、その受け身な世のすごしかたに美徳を見出した根本態度は、社会の歴史の進む足どりの速さにつれて、今日の現実の中では、男自身、女自身の実感のなかで、きわめてずれた形をとっていると思われるがどうだろ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
共学 期待はずれた今度の内閣改造の中で僅かに生彩を保つのは安倍能成氏の文部大臣であるといわれる。朽木の屋台にたった一本、いくらかは精のある材木が加えられたところで、その大屋の傾くことを支え切れるもので・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・並みはずれた感激に対する熱情もようやく醒めて来た。ここにニイチェのいわゆる Die Trene gegen die Vorzeit が萌す。 ついに彼女は偉大なる芸術の伝統に対する Heimweh を起こした。古来の芸術の手法を恋い初め・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・舟がまだ池を出はずれない前に、もう朝日が東の山を出たように思う。来る時に見えなかったいろいろな物が、朝日の光に照らし出された。池はだんだん狭くなり、水田と入り組み、いつともなしになくなってしまう。その水田の間の運河に入って、町裏のきたないと・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫