・・・ただ清浄な水がこの受糧器に一ぱいあればよろしい。咒で直して進ぜます」「はあ咒をなさるのか」こう言って少し考えたが「仔細あるまい、一つまじなって下さい」と言った。これは医道のことなどは平生深く考えてもおらぬので、どういう治療ならさせる、ど・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・無遠慮な Egoist たるF君と、学徳があって世情に疎く、赤子の心を持っている安国寺さんとの間でなくては、そう云うことは成り立たぬと思ったのである。 安国寺さんの誠は田舎の強情な親達を感動させて、女学生はF君の妻になることが出来た。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ 愛は都会の優れた医院から抜擢された看護婦たちの清浄な白衣の中に、五月の徴風のように流れていた。 しかし、愛はいつのときでも曲者である。この花園の中でただ無為に空と海と花とを眺めながら、傍近く寄るものが、もしも五月の微風のように爽かであ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・私はどうしても心を清浄にしたい。たとえそのために人間性質のある点に関する興味が涸渇しようとも。私が他人を罵るのは畢竟自分を罵ることでした。他人の内に穢ないもののある事を見いだすのは、要するに自分の内にも同じもののある証拠に過ぎませんでした。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・まことに静寂な清浄な、月の光のような芸である。 偉大なるエレオノラ・デュウゼ。 かの皮肉なバアナアド・ショオをして心からの讃美と狂喜とをなさしめたエレオノラ・デュウゼ。 僕はシモンズ氏によって今少しくこの慕わしい女優の芸術を・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・現下の険悪な世情は、政治家が聖勅に違背したことに基づく。というのは、天下万民をして「各々その志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す」との聖旨を奉戴しなかったことに基づく。国民の大部分がその志を遂げようとすることを、なんらか危険なことの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・しかし実際はこの作家ほど深く確実に人間のあらゆる性情をつかんでいる者は、たぐいまれなのである。私はここに彼のつかんだ無数の真実を数え上げることはできない。ただ一つ、、彼の洞察した「神を求むる心」あるいは「信じようとする意志」について少しく観・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫