・・・物的環境が正しく調節されることは、生命が正しく生長することである。唯物史観は単なる精神外の一現象ではなくして、実に生命観そのものである。種子を取りまいてその生長にかかわるすべての物質は、種子にとって異邦物ではなく、種子そのものの一部分となっ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ちょいと内証で、人に知らせないように遣る、この早業は、しかしながら、礼拝と、愛撫と、謙譲と、しかも自恃をかね、色を沈静にし、目を清澄にして、胸に、一種深き人格を秘したる、珠玉を偲ばせる表顕であった。 こういううちにも、舞台――舞台は二階・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・それに対して、お誓の処女づくって、血の清澄明晰な風情に、何となく上等の神巫の麗女の面影が立つ。 ――われ知らず、銑吉のかくれた意識に、おのずから、毒虫の毒から救われた、うつくしい神巫の影が映るのであろう。―― おお美わしのおとめよ、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
一 誠に差出がましく恐入りますが、しばらく御清聴を煩わしまする。 八宗の中にも真言宗には、秘密の法だの、九字を切るだのと申しまして、不思議なことをするのでありますが、もっともこの宗門の出家方は、始め・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・、外国人に誇るべき日本の美術品と云えば、直ぐ茶器を持出すの事実あるを知りながら、茶の湯なるものが、如何に社会の風教問題に関係深きかを考えても見ないは甚だ解し難き次第じゃないか、乍併多くは無趣味の家庭に生長せる彼等は、大抵真個の茶趣味の如何な・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・岡村が持って来た清朝人の画を三幅程見たがつまらぬものばかりであった、頭から悪口も云えないで見ると、これも苦痛の一つで、見せろなど云わねばよかったと後悔する。何もかも口と心と違った行動をとらねばならぬ苦しさ、予は僅かに虚偽の淵から脱ける一策を・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・が、汎濫した欧化の洪水が文化的に不毛の瘠土に注いで肥饒の美田となり、新たに植樹した文明の苗木が成長して美果を結んだのは争えない。少くも今日の新らしい文芸美術の勃興は当時の欧化熱に負う処があった。 井侯以後、羹に懲りて膾を吹く国粋主義は代・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・しかしてこれを取り来りてノルウェー産の樅のあいだに植えましたときに、奇なるかな、両種の樅は相いならんで生長し、年を経るも枯れなかったのであります。ここにおいて大問題は釈けました。ユトランドの荒野に始めて緑の野を見ることができました。緑は希望・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・樅はある程度まで成長して、それで成長を止めました、その枯死はアルプス産の小樅の併植をもって防ぎ得ましたけれども、その永久の成長はこれによって成就られませんでした。「ダルガスよ、汝の預言せし材木を与えよ」といいてデンマークの農夫らは彼に迫りま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫