・・・柔らげた竹の端を樫の樹の板に明けた円い孔へ挿込んでぐいぐい捻じる、そうしてだんだんに少しずつ小さい孔へ順々に挿込んで責めて行くと竹の端が少し縊れて細くなる。それを雁首に挿込んでおいて他方の端を拍子木の片っ方みたような棒で叩き込む。次には同じ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
一 夢 七月二十七日は朝から実に忙しい日であった。朝起きるとから夜おそくまで入れ代わり立ち代わり人に攻められた。くたびれ果てて寝たその明け方にいろいろの夢を見た。 土佐の高知の播磨屋橋のそばを高架電車で・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・賊軍が天文台の上に軍旗を守っていると官軍が攻め登る。自分もこの軍勢の中に加わるのであったが、どうしてもこの砂山の頂まで登る事ができなかった。いつもよく自分をいじめた年上の者らは苦もなく駆け上がって上から弱虫とあざける。「早く・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 我慢づよい兄の口からそう言われると、道太は自分の怠慢が心に責められて、そう遠いところでもないのに、なぜもっと精を出して毎日足を運ばないのかと、みずから慚じるのであった。それにもかかわらず、少し勉強しすぎた道太は、この月こそ、旅で頭脳の・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ しかし『通鑑綱目』は二人がそれから半時間あまりも口を揃えて番頭を攻めつけたにかかわらず、結局わずか五拾銭値上げをされたに過ぎなかった。「これっぱかりじゃ、どうにもならない。」「これじゃ新宿へ行っても駄目だ。」 質屋の店を出・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・しからずんば、いたずらに筆を援りて賛美の語をのべ、もって責めを塞ぐ。輓近の文士往々にしてしかり。これ直諛なるのみ。余のはなはだ取らざるところなり。これをもって来たり請う者あるごとにおおむねみな辞して応ぜず。今徳富君の業を誦むに及んで感歎措く・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・赤がいつものようにぴしゃぴしゃと飯へかけてやった味噌汁を甞める音が耳にはいったり、床の下でくんくんと鼻を鳴らして居るように思われたり、それにむかむかと迫って来る暑さに攻められたりして彼は只管懊悩した。遠くの方で犬の吠えるのが聞える。それがひ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・お客からは責められるし、吉里さんは返してくれないし、私しゃこんなに困ッたことはないよ。今朝催促したら、明日まで待ッてくれろッてお言いだから、待ッてやることは待ッてやったけれども、吉里さんのことだから怪しいもんさ」「二階の花魁で、借りられ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫