・・・ クニッペルに書かれたいろいろ日常茶飯のこと、チェホフが愛情の濃やかさから書いたそれらの日常茶飯の描写に、我々は彼の短篇の種々なモーティヴの潜在を感じる。 南方の九月のヤルタ、天気がよいのに雨が降ってくる。長くしなしなして、ちょっと・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・何が美しいかということに関する固定した知識が伝統からもたらされるとすれば、どんな時どういう風に美しくものを使ってゆくかという感覚こそ、今日の中から新しい美をつくり出してゆく潜在力となるものだと思う。 日本の衣服についての再吟味が初まって・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・機会が偶然にゆだねられているばかりでなく、人民のうちに潜在する能力としての才能の存在の可能そのものが、全然自然発生にまかせられている。既往の世界で、文化というものは上層社会でしか花咲かないものときめられていた。 一七年から国内戦時代に出・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ 今にさし迫ったことではないという、潜在的な余裕、安心と、彼女の空想によって神秘化され、何かしら魅惑的な色彩をほどこされている死そのものの概念とが、どんな幸福な若者の心をも、一度は必ず訪れるに違いない感傷的な憂愁の力をかりて、驚くべき劇・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・p.254 ∥ 無意識のものとか 潜在意識のものとかいう底知れぬものが彼の真実の世界であった。p.254〔欄外に〕 私――その崩壊――国民――再びそれとしての自分、この戻りかた。 芸術の根本的本質を持たないま・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・内容の範囲をひろげてつかわれているらしい伊藤整の衝動という用語をもって表現すれば、歴史に内包するこのような新しい文学への潜在的な衝動こそ、かえって多くの人間的欲求をもつ文学者の頭脳に反射作用し、逆に日本の知性への不信を表明させもしているのだ・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・「男女を区別したるは女性の為に謀りて千載の憾と云うも可なり」そして、例えば「七去」についても、民法の条文を引用して、離婚が「女大学」にいわれているような条件で成り立つべきでないことを説明している。益軒の「女大学」は、あらゆるところで、女は夫・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・これはあるいは意識に潜在する欲求であるかもしれないが、潜在するその力は現実にきょうの理論活動に作用している。過去のプロレタリア文学理論の発展的展開をめざしての努力であるだろうけれども、その発展のモメントは、一人一人の理論家が、自分として着眼・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・ここにはおそらく予想されるあらゆる困難が潜在しているだろうと考えられる。もし、歴史文学を志す人々が、今日の歴史の根本の性格をいかに捕えるかという努力を放擲して、現象の姿の相似を過去の出来事の中に見出してだけ行ったとすれば、もう其は歴史文学と・・・ 宮本百合子 「歴史と文学」
・・・私共が引越して来た以前から住んでいた人で、隠居住居らしく、前栽にダリアや豌豆などを作っている。夕方まだ日があるのにポツと一つ電燈が部屋の中に点いているのなど、私の家の茶の間から樫の木の幹をすかしてよく眺められた。一人で、さっぱりした座敷の真・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
出典:青空文庫