・・・学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。……… 主筆 勿論震災前でしょう・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中一重物で通した男で、――一言にいえば豪傑だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋の小えんという、――」「君はこの頃河岸を・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・のみならずテニスか水泳かの選手らしい体格も具えていた。僕はこう言う彼女の姿に美醜や好悪を感ずるよりも妙に痛切な矛盾を感じた。彼女は実際この部屋の空気と、――殊に鳥籠の中の栗鼠とは吊り合わない存在に違いなかった。 彼女はちょっと目礼したぎ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・見給え、世界の名選手さへ大抵は得意の微笑のかげに渋面を隠しているではないか? 人生は狂人の主催に成ったオリムピック大会に似たものである。我我は人生と闘いながら、人生と闘うことを学ばねばならぬ。こう云うゲエムの莫迦莫迦しさに憤慨を禁じ得な・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・丹波先生はやはり自分たちの級に英語を教えていたが、有名な運動好きで、兼ねて詩吟が上手だと云う所から、英語そのものは嫌っていた柔剣道の選手などと云う豪傑連の間にも、大分評判がよかったらしい。そこで先生がこう云うと、その豪傑連の一人がミットを弄・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・底を背負って、一廻りまわって、船首へ、鎌首を擡げて泳ぐ、竜頭の船と言うだとよ。俺は殿様だ。…… 大巌の岸へ着くと、その鎌首で、親仁の頭をドンと敲いて、だってよ、べろりと赤い舌を出して笑って谷へ隠れた。山路はぞろぞろと皆、お祭礼の茸だね。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 聞けば、向う岸の、むら萩に庵の見える、船主の料理屋にはもう交渉済で、二人は慰みに、これから漕出そうとする処だった。……お前さんに漕げるかい、と覚束なさに念を押すと、浅くて棹が届くのだから仔細ない。ただ、一ケ所底の知れない深水の穴がある・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ と連立って寄る、汀に居た玉野の手には、船首へ掛けつつ棹があった。 舷は藍、萌黄の翼で、頭にも尾にも紅を塗った、鷁首の船の屋形造。玩具のようだが四五人は乗れるであろう。「お嬢様。おめしなさいませんか。」 聞けば、向う岸の、む・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 吉坊は、学校で走りっこをすると、選手にもそんなに負けないので、走ることにかけては自信を持っていました。「自転車さえなければ、いいんだがなあ。」と、吉坊は、考えていました。 けれど、家に帰ると、やはり、清ちゃんや、徳ちゃんたちが・・・ 小川未明 「父親と自転車」
・・・彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて某拳闘選手と二人で満州に走った時、満州は遠すぎると思った。追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、も・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫