・・・ 船首から船長の三分の一くらいのところに当って、横に張り渡した横木に大小四本の円筒が並べて垂直に固定してある。筒の外側はアルミニウムペイントで御化粧をしてあるが、金属製だかどうだか見ただけでは分らない。昔は花火の筒と云えば、木筒に竹のた・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 船首の突端へ行って海を見おろしていると深碧の水の中に桃紅色の海月が群れになって浮遊している。ずっと深い所に時々大きな魚だか蝦だか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。 右舷に見える赤裸の連山・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・いつの間にか船首をめぐらせる端艇小さくなりて人の顔も分き難くなれば甲板に長居は船暈の元と窮屈なる船室に這い込み用意の葡萄酒一杯に喉を沾して革鞄枕に横になれば甲板にまたもや汽笛の音。船は早や港を出るよと思えど窓外を覗く元気もなし。『新小説』取・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・近ごろ見たニュースの中で実におもしろかったのはオリンピック優勝選手のカメラマイクロフォンの前に立ったときのいろいろな表情であった。言葉で現わされない人間の真相が躍然としてスクリーンの上に動いて観客の肺腑に焼き付くのであった。 こういう効・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・ 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船首の三角形をした、倉庫へ降りる格子床の上へ行きついた。そして静かになった。 暗くて、暑くて、不潔な、水夫室は、彼が「静か」になったにも拘らず、何かが、眼に見えない何かが・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・いつか飛行船はけむりを納めて、しばらく挨拶するように輪を描いていましたが、やがて船首をたれてしずかに雲の中へ沈んで行ってしまいました。 受話器がジーと鳴りました。ペンネン技師の声でした。「飛行船はいま帰って来た。下のほうのしたくはす・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
蜘蛛と、銀色のなめくじとそれから顔を洗ったことのない狸とはみんな立派な選手でした。 けれども一体何の選手だったのか私はよく知りません。 山猫が申しましたが三人はそれはそれは実に本気の競争をしていたのだそうです。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ 古典的なオペラ・バレーを演じている国立オペラ舞踊劇場でさえ「蹴球選手」という五ヵ年計画を主題の中へとり入れたバレーを上演した。 カターエフの「前衛」がワフタンゴフ劇場で演じられる。 レーニングラードからきたトラムは農村における・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ケーテは何かの意味で、絵画という芸術の船を人生と歴史の大海へ漕ぎすすめた女流選手の一人なのである。 ケーテは一八六七年七月八日、東部プロイセンのケーニヒスベルクに生れた。父をカール・シュミット、母をケーテ・ループといい、娘ケーテの生れた・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・まだ健在であった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じ・・・ 宮本百合子 「現実の問題」
出典:青空文庫