・・・まずその汁の実を何に致しましょうと聞かれると、実になり得べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・すでに他人本位であるからには種類の選択分量の多少すべて他を目安にして働かなければならない。要するに取捨興廃の権威共に自己の手中にはない事になる。したがって自分が最上と思う製作を世間に勧めて世間はいっこう顧みなかったり自分は心持が好くないので・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・そうしてこの問題の裏面には選択と云う事が含まれております。ある程度の自由がない以上は、また幾分か選択の余裕がないならばこの問題の出ようはずがない。この問題が出るのはこの問題が一通り以上に解決され得るからである。この解決の標準を理想というので・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ いくら資本主義の統治下にあって、鰹節のような役目を勤める、プロレタリアであったにしても、職業を選択する権利丈けは与えられているじゃないか。 待って呉れ! お前は、「それゃ表面のこった、そんなもんじゃないや、坊ちゃん奴」と云おうとし・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・は、現実の問題として、階級対立の社会にあっては支配階級のイデオロギーの侵害を多く受けているものであり、特に日本のように封建性の重いきずなが男女を圧しているところでは、女の性的受動性、男に対する自主的な選択権が隷属的に考えられる習俗をもってい・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。 人間を動物的に低める性的誇張は、ファシズムの一つの方法です。ナチスが青年男女を「わが陣営」にひきつけるためにとった方法は、いわゆる性の解放・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 私たち女は一年間に自分の希望と選択とによってここまで変転して来たのだろうか。この答えは複雑である。しかし社会事情の急調な動きは一つの必然として、自覚するとしないとにかかわらず、今日の婦人全体を新しい生活事情に導き入れており、そこではよ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・程なく三人の別な女のひとが来て、そこは先着の人がいますというのもかまわず上の守衛がいいといった、出た人には代りを入れるとことわったのだからといって腰をおろしてしまった。婦人席の傍に立っている守衛は、上のひとが独断でそうしたが仕方がないとごち・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・わたしはかならず、その音楽に相応して広場に先着しているデモの中からも湧くような歌が起るだろうと思った。ところが、ほんの一節聞えただけで、音楽はやんだ。 群衆の頭越しに行進してくるようにみえていた旗もどうやら一つところへとまって進めないよ・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
・・・そこで木村の書くものにも情調がない、木村の選択に与っている雑誌の作品にも情調がないと云うのは、木村に文芸が分からないと云うのである。文芸の分からないものに、なんで脚本を選ばせるのだろう。情調のない脚本が当選したら、どうするだろう。そんな事を・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫