・・・ しかし、そのような諸先輩のいろいろまちまちの論は、いずれもこの「青ヶ島大概記」に於てだけは、当るといえども甚だ遠いものではなかろうかと私には思われるのだ。 井伏さんが「青ヶ島大概記」をお書きになった頃には、私も二つ三つ、つたな・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・「ヴァレリイってのは、フランスの人でしょう?」「そうだ。一流の文明批評家だ。」「フランスの人だったら、だめだ。」「なぜ?」「戦敗国じゃないか。」少年の大きな黒い眼には、もう涙の跡も無く、涼しげに笑っている。「亡国の言辞で・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 池中に棲息するある生物の研究を、学位論文の題目とした先輩が、少なくも二人はあるそうである。 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・新入りの二人を出迎えに行った先輩のスコッチが一人をつかまえて「お前がストーンか」と聞くと「おれはフォーサイスだ」と答える。「それじゃあれがストーンだ」というと、「驚くべき推理の力だな」と冷やかす。 牢屋でフォーサイスが敵将につかみかかっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・彼らの中には維新志士の腰について、多少先輩当年の苦心を知っている人もあるはず。よくは知らぬが、明治の初年に近時評論などで大分政府に窘められた経験がある閣臣もいるはず。窘められた嫁が姑になってまた嫁を窘める。古今同嘆である。当局者は初心を点検・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかしこの桜もまた隅田堤のそれと同じく、やがては老い朽ちて薪となることを免れまい。戦敗の世は人挙って米の価を議するにいそがしく、花を保護する暇がないであろう。 真間の町は東に行くに従って人家は少く松林が多くなり、地勢は次第に卑湿となるに・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・文壇の諸先輩と共に帝国ホテルに開かれた劇場の晩餐会に招飲せられたことがあった。尋でその舞台開の夕にも招待を受くるの栄に接したのであったが、褊陋甚しきわが一家の趣味は、わたしをしてその後十年の間この劇場の観棚に坐することを躊躇せしめたのである・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・われわれ傍観者には戦争前にはなくて戦敗後に現れて一代の人気に投じたという処に観察の興味があるのだ。 ジャズを踊る踊子は戦争前には腰と乳房とを隠していたのであるが、モデルが出るようになってから、それも出来得るかぎり隠す部分の少いように仕立・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・しかして評家が従来の読書及び先輩の薫陶、もしくは自己の狭隘なる経験より出でたる一縷の細長き趣味中に含まるるもののみを見て真の文学だ、真の文学だと云う。余はこれを不快に思う。 余は評家ではない。前段に述べたる資格を有する評家では無論ない。・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・しかのみならず、この法外の輩が、たがいにその貧困を救助して仁恵を施し、その盗みたる銭物を分つに公平の義を主とし、その先輩の巨魁に仕えて礼をつくし、窃盗を働くに智術をきわめ、会同・離散の時刻に約を違えざる等、その局処についてこれをみれば、仁義・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
出典:青空文庫