せんそうしつ【千宗室】
[1622〜1697]江戸前期の茶人。裏千家の祖。宗旦の四男。号、仙叟 (せんそう) ・朧月庵。宗旦の今日庵を継承して、裏千家とよばれる。加賀前田家に仕えた。以後、裏千家宗家は代々宗室を名のる。
せんそうたん【千宗旦】
[1578〜1659]江戸初期の茶人。利休の孫。号、元伯・咄々斎 (とつとつさい) 。茶道家千家の再興に努めた。子の宗左・宗室・宗守を分家させて、表・裏・武者小路の三千家の基礎を築いた。
せんどうあん【千道安】
[1546〜1607]桃山時代の茶匠。初名は紹安。号は可休斎。利休の長男。利休とともに豊臣秀吉に仕えたが、利休死後、弟少庵がその後を継ぎ、不遇に終わったという。茶室・道具・茶事などに独自の工夫を凝らしたといわれ、道安囲い・道安風炉などにその名が残る。
せんのりきゅう【千利休】
[1522〜1591]安土桃山時代の茶人。堺の人。名は与四郎。宗易 (そうえき) と号す。侘茶 (わびちゃ) の大成者で、千家流の開祖。茶の湯を武野紹鴎 (たけのじょうおう) に学ぶ。草庵風の茶室を完成し、朝鮮の茶碗や日常雑器を茶道具に取り入れ、また楽茶碗の制作・指導などをした。織田信長・豊臣秀吉に仕えたが、のち秀吉の命により自刃。
選に漏れる
選抜から外される。選ばれない。「代表メンバーの—・れる」